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正しい日本語を獲得するまでにたどったプロセス(その2) [思い出]

11月3日エントリー記事「正しい日本語を獲得するまでにたどったプロセス(その1)」の続きです。

絵日記に文法や用法の誤りがいくつかあるのが見えますが・・・、特に、「すこしかまちがらなかった。」の部分。

この部分について、なぜ誤った表現で書いたのかといえば、小学1年生当時、先生や親と話すなかで
知った言葉をあやふやな状態にしていたところに原因があります。

正しい言葉を耳で確認できない分、補聴器に入るわずかな音や口の動きの読み取りを通して知った言葉は、
文字が自分のイメージ通りか確認するために、周囲に聞いたり辞書を引いて確かめることが必要になりますが、
当時の私は文字で確認することの必要性を意識していませんでした。
(本当は、日頃の会話で「これこれはこういう文字だよ」と書いて教えてもらうのが理想的なあり方。。。)

では、何がキッカケで意識するようになったのか。
これは、小学校時代のある出来事がキッカケです。

私自身、小学校に入ってから学級生活のなかで新しく知った言葉がたくさんありました。
なかには、補聴器に入る音で知った言葉もいくつかあります。
その一つが号令をかける時に使う「起立、礼(きりつ、れい)」ですが、「きりつ、れい」が「しりう、れー」に
聞こえたので、小学校3年位まではずっと「しりう、れー」と言うものだと思い込んでいました。
学校を舞台にした物語を読んだ時、たまたま物語のなかで「起立、礼」という言葉が使われていたことで、
号令でかける言葉は「しりう、れー」ではなく「きりつ、れい」だったのかと初めて理解しました。
早い段階で、先生や親に聞けば解決できたことなのでしょうけど、どうやって聞けばいいのか分からず、
当番などで言う機会があったとしても(実際、何度かありました)、発音の不明瞭さでごまかせると
思っていたので、よくわかっていなくても気にしませんでした。

このような経験を何度か重ねることで、自分にとっては補聴器や読唇を使った方法では正しい言葉の理解
が難しいことが何となく理解できるようになってきました。
小学3年か4年の頃のことです。
語彙力不足を自覚していたからでしょうか、
この頃から本を真剣に読むようになった記憶があります。
同時期によく読んでいた(難聴児を育てた)親の体験談
「語彙数を増やすには、分からない言葉が文中に出てきたら辞書をまめに引いて調べることが必要。
専用ノートを一冊用意して、調べた意味を一文字一文字書いていけば良い。」
という話が書いてあったので、体験談に書いてあるとおりにやってみたら、あまりの単調さに耐えら
れなくなり、辞書を引くのが数日で嫌になってしまいました。
もともと辞書を引くのが面倒くさかったせいもあるかもしれませんが。
(今は、辞書を読むのは好きですが。。。)

結局は、本の多読や乱読で様々な言葉を身につけていったので、正しい日本語の獲得においては、
本の多読や乱読に勝るものはない!と思っています。
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正しい日本語を獲得するまでにたどったプロセス(その1) [思い出]

約2ヶ月ぶりの記事です。
視力回復を意識して目をいたわるのが日課になってくると、PCに向かって記事を書く気に
なかなかなれないもので、気づけば前回の記事から2ヶ月が経っていました。

さて、今日は、正しい日本語を獲得するまでの間にたどったプロセスを思い出しながら書いて
みます。
(聴覚障害者にとってはありきたりな内容かもしれませんが。。。)

まずは、下の画像を見てみてください。

※画像のサイズが重たいのか1/2しか表示されていないように見えますが、画像のどこかを
 クリックしていただければ、原寸サイズの画像が別ウィンドウで表示されるはずです。

下の画像は、私が小学1年生の時に書いた絵日記です。

「きのう、わたしは母とくもんの、べんきょうをならいにいった。
おうちでしゅくだいをやってきました。
 先生にみてた。
 時間がはかってたから早くやった。
 すこしかまちがらなかった。」

文法や用法の誤りがあることで意味不明な内容になっています。(特に、後半)
事情を知らない方なら真っ先に「ひどい日記だ」と思うかもしれませんね。

日記本文を添削すると、

「昨日、私は母と公文の勉強を習いに行った。
おうちで(公文の)宿題をやってきました。
先生が(そばで)見ていた。
(先生が)時間を計っていたから早くやった。
少ししか間違わなかった。」

という文になります。

ちなみに、絵のほうは、当時通っていた公文式教室での一シーンです。
解き終わった学習教材プリント形式)を採点担当の先生に直接提出するシーンを描いています。

日記本文では助詞の使い方や言葉が不自然になっていますが、
小学1年生当時は、幼児期からの言語発達の遅れを引きずっている状況で、文法や用法の誤り
を親や先生から指摘されても「なぜ間違っているのか」がよく理解できませんでした。
分かって使える語彙の数が極端に少なかったので、何かを思考しようにも思考できず、頭が
常にぼんやりとしていました。
ただ、絵を描くことは好きだったので、言葉で表現できない部分は絵で補っていました。

小学校を卒業する頃には文法や用法の誤りはほとんどなくなりましたが、小学校時代(特に、
高学年)に本を大量に読んだこと、作文・創作・新聞づくりを通して伝える訓練を大量にして
いたことによるもの・・・と自分では分析しています。
(作文・創作・新聞づくりは国語や社会の授業でやっていました。)

日頃は何気なく日本語を操っていますが、過去の絵日記を眺めるたびに、日本語獲得における
教育環境の重要性を感じます。

今日は眠いのでこれだけしか書けませんが、また思うことがあったら続きを書きます。

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