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昇進昇格のポイントや基準は不透明なのか [仕事]

民間企業において、「総合職なのに昇進昇格のポイントや基準が不透明だ」と考えている聴覚障害者は多い。
コミュニケーションが取れないから、人間関係が築けないからで片付けられているように思う。

果たしてそうだろうか。
前回の記事で、「仕事ぶりからして出世するだろうと思った人達は全員が上位職位に昇進昇格している」と書いた。
実は、彼らに共通しているのは、取るに足らない疑問や質問も真摯に受け止めて回答してくれる、的確なコメントをくれる、という点だ。
誠実さがあるかどうかが大きく関わっているように思う。
この点でいえば、聴覚障害者には仕事絡みで誠実さがある人は意外と少ないのではないか・・・と考えてしまうのだ。

それはなぜか。
私事で恐縮だが、学生時代から今に至るまで、聴覚障害者で誠実だと感じた人は数えるほどしかいない。
それ位、自分本位、人を茶化したり、表面的な部分で判断して自分の価値にならない人を無下に扱う人が多かった。
情報や経験の引き出しが少ないからか、自分が答えられない質問は無視するという幼稚な人も少なからずいた。
学歴は関係ない。高偏差値の大学に通う聴覚障害者はずる賢いからか?知恵があるからか?相手を試すかのような行動を取っている人もいた。
私自身、そのような聴覚障害者には嫌な思いをたくさんさせられた。
特に、人脈があることで評判の聴覚障害者に対する印象は私のなかではすこぶる悪い。

こう書くと、プライベートと仕事は分けて考えるべき、という意見が出てくるかもしれない。
それはごもっともだ。
しかし、プライベートで誠実でない人が仕事に対して誠実であることはあり得るのだろうか。

人間は器用に振舞えるものではない。
話が脱線してしまうが、私はあの山本耕史氏にファンレターを出したことがある。
1995年頃の話で、彼が高橋由美子氏と主役を務めていた映画「時の輝き」をたまたま見て、なぜだか分からないが、彼の演技につい惹きこまれてしまった。
当時、彼は10代後半と若いながらもミュージカル俳優としては実力のある役者さんだったように思うが、ドラマ「ひとつ屋根の下」で名が世間に浸透したばかり。
今は香取慎吾氏(元SMAP)、堀北真希氏絡みで頻繁にメディアに登場するので彼に関する情報は多いが、当時は驚くほど情報が乏しかった。
彼の出演する映画や舞台の情報が欲しかったので、ファンレターを躊躇することなく出した。
ぎこちないファンレターだったのに、1ケ月後には自筆によるハガキが届いた。
ハガキ文面が文字でぎっちり埋められ、珍しく筆マメな上に、芸能人ならではの驕りが全くなく一人ひとりのファンを大切にする人だと感じた。
と同時に、「彼は今後知名度が高くなる俳優さんだ」と思った。
予想通り、ファンレターを出してから10年もしないうちに、彼は全国的に有名になり、2005年には紅白歌合戦の白組司会を務めるほどまでになった。
一昨年の堀北真希氏との結婚話で「手紙を何通も出した」ことや、非社交性で評判の香取慎吾氏と仲良くなったことが話題になった時は、ファンを大切にする人は仕事仲間やプライベートの友人知人も大切にするものだということを強く実感した。
(どちらも大切にしなかったことによるイメージ悪化、(俳優業の)売上減少を無意識のうちに理解しているから・・・という見方もあるかもしれないが。。。)

上で書いたことは極端な例かもしれない。
しかし、山本氏のような有名人が誰にでも分け隔てなく接しているように見えることから、有名人に比べて交際範囲や行動範囲の狭い一般人が「○○さんには悪い態度で接して、○○さんには良い態度で接する」という器用なことができるのかと考えてしまう。
器用なことをするには多大なエネルギーを消費するはずだ。
したがって、プライベートで誠実でない人が仕事に対して誠実であるはずはないと考える。

誠実さは簡単に身につけられるものではない。
(「優しい」と「誠実」は全く別物。そこを誤解しないように。)

多くの聴覚障害者に誠実さを感じないのは、聴覚障害者の心理的な発達に問題があるからではないか・・・。
そんなことを最近は思うようになっている。

こう書くと、心理的な発達に問題があることと昇進昇格のポイントや基準は分けて考えるべき、とお叱りを受けるかもしれない。
しかし、原因は意外なところに潜んでいるかもしれないもの。今後は、原因のひとつに心理的な発達も付け加えて考えていきたい。
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本、読みますか? [仕事]

みなさんは本を読みますか?

インターネットが普及してからの10数年、「読書」という言葉を聞かなくなった気がします。
この10数年は、私が社会人になってからの年月とも重なりますが、社会人になってから出会った人達との会話を思い返してみても、本の話ができた人は少なかったように思います。
100人いれば、4、5人話ができればいいほうかな。
交流範囲が狭いから・・・というのもあるかもしれませんが、聴覚障害者に限っていえば、本の話ができた人はほぼ皆無といっていい位です。

聴覚障害者も健聴者同様、本を読まない人が多いのだと思いますが、私自身の経験でいえば、聴覚障害者に限っていえば、本を一冊でも多く読んだほうが良いです。

学生であれば、本を手あたり次第に読み、ほんの少しでも知識を蓄積させておくことが学校の授業を理解する上で少しは助けになります。
社会科学系や人文科学系の科目であれば、確かに、『授業をしっかり聞いて理解する』『情報保障を受ける』の二つをしっかり行うことが点数につながりやすいです。(自然科学系は、私の苦手な分野なので触れません。ごめんなさい。)
しかし、情報保障を受けられないとなると、遠回りの方法を取るしかなく、授業に関連した本を探し、手あたり次第に読むしかありません。
この方法は労力を使うので非効率ですが、ジャンルを問わず手あたり次第に読むことで様々な知識が得られ、関連性のない知識でもふとした瞬間につながりが見えてくるようになります。
これを何度も重ねていくうちに、なかなか理解できなかったことが瞬間的に理解できるようになります。

上で書いたことは社会人にもある程度言えることですが、社会人の場合、限られた時間のなかでどのような本を読むかが課題ですね。
仕事に少しでも役立てたいのであれば、経済小説がお薦め。
この10数年はハウツー本が売れているので、本になじみがない人であれば、「まずはハウツー本を・・・」と考える人が多いように思います。10年以上前の私もそうでした。
社会人1、2年目の頃は仕事の要領がよく分からなかったので、ハウツー本を数多く読みましたが、当時お世話になった同僚に色々お話を聞かせてもらううちに、ハウツー本では不充分すぎることが自ずから分かってきたのです。
そこで読むようになったのが日経ビジネス人文庫シリーズの文庫本。
書店内をうろうろしていた時にたまたま専用のコーナーが目につき、ほんの軽い気持ちで読み始めたのです。
はじめて読んだ『経営パワーの危機』(三枝匡著)は人材マネジメントの重要性を強く感じさせられた点では印象に残っています。
経営系の書籍に飽きてしまった今は、金融・経済系の小説、歴史小説、歴史評論、国語評論、哲学、健康エッセイ・・・と様々なジャンルの本をたしなんでいます。
経済小説には実務に関係ある用語やシーンが多く登場するので、「この用語はこういうシーンで使われるのか」「XXXのシーンでこういうやり取りをするのか」などと知識を得つつも登場人物に感情移入しながら読み進めるのが楽しいのです。
と同時に、優れた経済小説を世に出してくださっている作家の想像力や問題意識には敬服します。
聴覚障害者の場合、仕事に関係する情報が手に入りにくいので、経済小説を読みながら「自分だったらこうする」「職場ではこういう会話が交わされているのかな」など・・・と職場に関する様々なことをイメージしていくのも良いではないでしょうか。
読書が高収入につながるわけではありませんが、少しでも実りある職業人生にしていく上では有効な手段だと思います。

文章の読み書きが苦手な人もいますので、読書の強制はできませんが、『時間があるなら、本を少しでも多く読みましょう』です。
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今週から産前休暇! [仕事]

今週から待ちに待った産前休暇に入りました。
出産予定日まで2ヶ月弱。
一昨日、昨日の2日間は病院の検査でかなり慌ただしい日々だったので、今日になって
やっと「産前休暇に入れた」という実感が沸いてきました。
あっという間なのかもしれませんが、こんなに長いお休みをいただくのは13年間の社会人
生活では初めてのことです。
実際に産休に入ってみると、ノーストレスな環境なので、先週まで忙しく仕事をしていた
のが嘘みたいです。
つわりが軽く仕事もさほど支障がなかったので、なんとか産休直前まで働くことが
できましたが、長距離通勤や年齢(最近、高齢出産の域に入りました)というリスク
があることを踏まえると、お腹のなかの赤ちゃんにかなり負担をかけていたと感じます。
幸いなことに、赤ちゃんは平均より大きく育ってくれており、推定体重も2キロを超え
ました。
同僚には迷惑な話かもしれませんが、大事を取って1月から休んでも良かったのでは
ないか・・・という思いもあります。

早速、出産前にやらなければならないこと、やりたいことを書き出してみました。
今まで週末にしかまとまった時間が取れなかったからか、前者だけでも思いの外多く、
のんびりしている時間はなさそうです。
例えば、赤ちゃんを迎えるための準備だけでいうと、収納スペースの整理、細かいところ
の掃除、保育所の下見など色々あります。
仕事から離れることによる能力低下も気になる点なので、職務に関係した勉強もやらなけ
ればならないことの一つに入っています。
時間に限りがあることを日々意識して過ごさないと、一日一日があっという間に過ぎ去って
しまうのが怖い。

無事に出産できた場合は約2ヶ月間の産後休暇を経て、育児休業を取らせていただく予定です。
昨今はかわいい盛りの0~1才で保育所に預けて仕事に復帰するのが当然のような風潮が
ありますが、私は育児休業はできれば2年欲しいと考えています。
2年も休めば浦島太郎になっているかもしれませんが、せっかくの機会なので、育児に専念
しながら職務復帰に備えたいな・・・と。
元々子どもを授かるのは奇跡的なことという考え方で、今回の妊娠に対しても「奇跡」と
受け止めているので、少なくとも2才近くまでは自分の手元で育てたい気持ちが強いのです。
私が勤務する地方自治体の場合、最長3年取れるうえに、育児休業中に代替職員(非正規)が
雇われることから、2年近く取るケースは珍しくありませんが、保育所に入れるかどうかの問題
を考えると2年取るのは現実的ではないのかなと感じます。

以上、産前休暇に入ってみて感じたことを書き連ねてみました。

この1、2年は仕事に関係した記事を書けていないので、産前休暇中にひとつ記事をアップでき
ればと思っています。
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面談をする時期が近づいてきて思うこと(愚痴) [仕事]

今年も、今後のキャリア開発について面談をする時期が間近に迫ってきた。

毎年この時期は今後のキャリアの方向性を一年で最も考える。
面談では、必ずといっていいほど、今後したい仕事など希望を尋ねられる。

民間企業にいた時は、「将来はXXXXという仕事をしたい。こういう仕事をするためのひとつのステップとして、YYYY事業部での仕事を希望したい。XXXX事業部のHPの業務分担表に記載されているZZZZの仕事を
してみたい。」という話を上位管理職に毎年していた。
「あなたにやれるわけがない」と思われていたかもしれないが、やる気と積極性は認めてもらっていたように
思う。
実際、仕事の幅は少しずつ広がっていったが、会社の事業動向からして、自分にできる仕事はAAAAが
限界だろうなということを常に思っていた。
経験できる仕事は、所属する部門の事業動向によって大きく変わっていく。
所属する部門に関係する事業が順調であれば、聴覚障害者でもチャレンジできそうな仕事は見つかる。
しかし、事業が衰退あるいは縮小していれば、なかなか見つからない。
仕事の多くは健聴者にまわされてしまう。

これは、自治体の世界でも同じだ。
どんな仕事をするにしても、電話ができることがある程度前提になっているからだ。
チャットやメールでやり取りができれば、多くの仕事をまわしてくれる民間企業(自治体)もあるのだろうが、
そのようなところは非常に少ない。
この現実に直面するたびに、溜息が出る。

面談を受けるにあたり、今後のキャリア開発や希望を、定められた様式に書かなければならない。
書く上で参考にするために、インターネットや書籍で記入例を調べてみたが、そこには必ずと言っていい
ほど「5年後の自分」「10年後の自分」「15年後の自分」が出てくる。
「人脈を活用して、BBBBという事業を立ち上げている。CCCCという企画を立案している。」といった表現
を目にするたびに、今の自分には人脈が作れるのだろうかということをまず思ってしまう。
民間企業時代も含めて、10年間勤務してきた経験からいえば、今の職場のほうが人脈をつくりにくい。
民間企業時代は、手話サークルを通して、同じ部門の人と知り合う機会があったため、飲み会などを通して、
仕事に関する情報交換ができた。
が、今の職場で勤務するようになってからは、飲み会などで感じるあの閉鎖的な雰囲気に溶け込めず、
飲み会にあまり顔を出さなくなった。(時間的な制約もあるが、気疲れするというのが一番大きい。)
一時、手話サークルを作ることを考えたが、家庭を持ったこと、遠距離通勤などで、話が進まない。
もともと、私が所属する自治体は、多くの健聴者が好みそうな『ある程度聴こえて(難聴の程度が軽い)』
『健聴者と同じように明瞭に話せて』『手話を必要としない』難聴者ばかりが採用されているため、
聴覚障害者職員同士で知り合う機会も全くなく、「手話なんて・・・」と手話の存在意義を見下す雰囲気が
依然として強いように感じる。
私自身、手話より口話が大事と考える方だが、過去の経験からして、手話を少しでも身につけたほうが
手話がある程度分かる健聴者とも知り合え、その結果として、人脈形成につながる部分はあると考える。

このような経緯もあり、自分にとって最適な人脈の作り方は何なのだろうか?どうしたら人脈は作れる
のだろうか?と常に考えてしまう。
人脈を作るだけでなく、維持するだけの努力もしなければ、仕事上必要な情報(特に、裏話)は自分には
もたらされないと考えるからだ。
財政危機に陥っている我が自治体の現状を考えると、人脈形成なんかしても、つながっている人に
相当の能力やスキルがなければ意味がないのではないか・・・と思ってしまうことはあるが。。。

人脈形成は諦めて、現状維持が大切なのかと考える今日この頃である。
面談でこんな話をしたら、「もっと前向きに考えろ!」と怒られそうだが・・・。

・・・長々と愚痴を書き連ねてしまいました。何が言いたいのかよく分からない文章ですみません。
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障害福祉課に対する思い [仕事]

どこの自治体にも設けられている障害福祉課は、障害のある方なら自治体のなかでは最も身近に感じる場所だと思います。
耳の聴こえに限らず、日常生活で何らかの不便さを抱えている人なら、特に、障害福祉課に対しては、役所のなかでは(不便さを抱える人への)最大の理解者であることを心のどこかで期待してしまうのではないでしょうか。
かく言う私も、障害福祉課に所属する一人一人の職員に対しては最大の理解者であることを期待します。
このため、自分が勤務する自治体の障害福祉課の動向には大変関心を持っていますが、現在の障害福祉課に対しては、障害福祉課が発行する通知文書等を眺める限り、「障害福祉に対して本当に力を入れているのかな?」と感じる日々です。

私は学校関係の仕事をしているため障害福祉課とは業務では関わりがなく、業務内容はグループウェアの業務分担表や自治体HP、障害福祉課主催のイベント案内で知る程度なので、あまり深いことは書けないのですが、約3年前に知り合った障害福祉課専属のベテラン手話通訳士さんから時々教えていただく障害福祉課内部の実情には、愕然とさせられたことが何度かあります。

一つ目は、昨日のエントリーにも関係すること。
自治体が発行する広報紙や通知類で案内される各種イベントの連絡先や問い合わせ先には、電話番号しか記載されていないケースが多いと書きましたが、聴覚障害に関する知識を他の部局以上に持っていると思われる障害福祉課でも、電話番号しか記載されていない通知類がこれまでにも何度か出回りそうになったことがあるとか。
通知類を作成する段階で、ファックス番号やメールアドレスを記載するのが面倒くさい・・・という職員がいるそうで、周囲にはそれを咎める職員もいないとのこと。
障害福祉課から最終的に出される通知類は、手話通訳士さんが本業の合間にチェックしてくれているおかげで、ファックス番号やメールアドレスが記載されたものになっていますが。
もし彼女がいなかったら、電話番号だけが記載された通知類が最終的に出回ることになってしまい、聴覚障害者が疑問に思ったことなどを確認したり問い合わせたりする権利が奪われることになります。それって、大変おそろしいことでしょう?
二つ目は、いやいや仕事をしているのか、各種障害の特性や障害者を取り巻く現状に理解を深める気が全くない職員が存在すること。そのような職員は当然手話を憶える気はないようです。
私は一昨年、障害福祉課で昼休み時間終了後に行われる15分間だけの手話講習会(当然、講師は手話通訳士さん)に参加しましたが、いやいや手を動かしたり、手話通訳士さんに姿を気づかれないよう、柱の陰で手を小さく動かす職員の存在がなんとなく気になりました。

自治体が発行する冊子を読む限り、障害福祉課では、誰もが地域のなかで生き生きと暮らせる社会づくりや、障害者の地域生活を支える仕組みづくりには力を入れるつもりのようですが、そうしたことに力を入れるにしても、まずは、先ほど書いた「各種障害の特性や障害者を取り巻く現状」に理解を深めたり意識することのほうが大切。
その意味でも、障害福祉課はバリアフリー推進ではほかの部局の先導役とならなければならない存在なのです。
それだけに、日々の業務では障害者側の心証を損ねるようなことがあってはいけないくらい、障害福祉課の存在意義は重いものがあると思います。
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業務経験を積むこと(※タイトル及び本文一部を修正しました) [仕事]

申し訳ありませんが、タイトルと本文一部を修正しました。
なお、本文の修正箇所は、太字で表示しています。(6/23 23:23修正)
- - -
私のいる課は、他の課からみると”何でも屋さん”という位置づけに映っているようだ。
「何でも知っている」「困ったことがあれば、すぐに対応してくれる」と思われていることもあり、自課に寄せられる質問・相談の内容の幅は広い。
したがって、質問・相談をしっかり聞くことは、職場全体の出来事や業務の背景を知る上で非常に大切になる。それだけではない。業務経験を積む点でプラスになることがある。

もともと課員が非常に少なく、お互いの顔の表情がハッキリと見える座席配置になっているので、他課の人が、誰か一人のところに質問や相談に来ようものなら、残る課員全員の真剣な視線が注がれる。自分が直接関係しない分野であっても、無意識のうちに聞く体勢になってしまう。かく言う私も、上司や先輩が他課の人としている話を不完全ながらも聞き取ったり、話の背景を想像することが多い。
不完全ながらも聞くことで、マニュアル等でインプットした業務知識や聞き慣れない職場用語が、文脈においてどのように使われているのかを知ることができる。
また、近距離にいる上司や先輩が答えているのを聞くことで、「このように答えればいいのか」などと答え方を体得することができる。

が、これらができるようになるには、上司や先輩の協力が不可欠。
現に、上司や先輩は、健聴者相手に話をしている時でも、聴覚障害のある私が聞いていることを常に意識して、口をハッキリと開け、適度な速さで話す努力をしてくれているように思う。
ほとんどの健聴者が、聴覚障害者が目の前にいるにもかかわらず、聴覚障害者が話を全く聞いていないものと思って(無意識だと思うが)早口で話す傾向にあることからしても、上司や先輩の対応は、大変ありがたいことだと感じる。

できるようになることで、他課の人からの質問・相談に対する受け答えも早くなった。
会社にいた時は受け答えが遅い方だと思っていたので、大きな進歩だ。

受け答えがスムーズにできることは、業務経験を積んでいく上で重要なこと。 どれ位のスピードでできればいいかは、相手の求めるスピードによって変わってくるが、多くの人は当意即妙な受け答えを求めているように思う。それだけに、受け答えのスピードが速くないと、相手をイラつかせることになる。きちんと答えられないものと判断され、「もう二度と聞かない」と思われることもある。酷いケースだと、「君には二度と聞かない!」と吐き捨てるかのように言われることもある。 極端かもしれないが、聴覚障害のある私にとって、このような態度を一度でも取られることは信用を失うも同然だ。質問や相談をしっかり聞けるチャンスを逃してしまう。そのチャンスを逃すことで、自分が取り込める背景知識の量も大変少なくなるかもしれない。結果として、積める業務経験の量も少なくなるかもしれない。そういった可能性を常に想像している。

聴覚障害者が仕事で頼りないと思われている場合、ひょっとすると、受け答えのスピードが大きく関係しているのかもしれない。だが、業務経験を積む上で重要な「受け答えのスピードの速さ」は、ある程度の業務知識を自分のものとして消化できる職場環境、周囲の人たちの協力によって可能になるもの。このことを、もっと多くの人に知ってもらいたいなと思う。
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新入社員時代のつらい思い出 [仕事]

毎年、この時期になると、自分が新入社員だった頃のことを思い出します。

新入社員時代は、将来についてただただ考える日々でしたが、教育係(?)だった女性先輩との関係について悩む日々でもありました。

この女性先輩は、感情の起伏が大変激しい人で、私の顔を見るなり嫌味を言ってきたり、理由もなく怒ったりすることが度々ありました。することがないために時間をもてあましていると、「ボーッとしているんじゃないよ!」「なんで仕事がないのよ?」「あなたの仕事は社内メールを配ることだけなの?!」と職場全体に響き渡るほどの大きな声で怒鳴られたりもしました。

挨拶のことでもずいぶん嫌な思いをさせられました。
当時は、朝、出社してきたら「おはようございます」と明瞭かつ大きな声で挨拶するように指導を受けていまして、私も指導された通りにしていましたが、私の不明瞭かつ小さな声では挨拶にならないということで、何度も注意を受けました。この注意は、聴覚障害・病気等による発声障害を抱えているために、不明瞭もしくは小さな声しか出せない人に対する差別に該当しますが、当時の私には「差別だ!」と訴えることはできませんでした。上司からは何かあったら相談するようにと指導されていなかったこともあり、先輩の言動に反発したり逆らったりすれば解雇になるのではないか・・・という恐怖が常にありました。

第三者に相談する方法もあったかもしれませんが・・・、相談したらしたで、第三者から「忍耐力がない人」というレッテルを貼られること、後から「なぜ私に言わなかったの?」とネチネチと責められるのではないかということを想像していました。それほど、他人に対する不信感が大きかったのです。と同時に、社会人生活は挫折に終わってしまうのではないか、という心配もしていました。

この女性先輩と仕事をしたのは、新入社員時代の一年間だけでしたが、彼女から離れた時は正直言ってホッとしました。「これからは平和な日々がやってくる!」と心底、ガッツポーズをしましたから。

が、今、思い出しても・・・、この女性先輩の行動は許せるものではありません。

この女性先輩は、おそらく感情のコントロールが未熟なだけだったのかもしれませんが。。。

「そんな女性、いくらでもいるよ」と反論する人もいると思いますが・・・、場合によっては、相手の可能性をつぶしてしまうことにもつながりかねません。裁判沙汰に発展することだってあるかもしれません。
私の件も、周囲の人がちょっと注意すれば収まったことなのかもしれませんが・・・、見て見ぬふりをする人ばかりで、「業務上におけるリスク管理には厳しくても、人間関係におけるリスク管理は甘いのではないか?」ということを考えるようになりました。

この考えは、現在も変わっていません。

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P.S. タイトルの表現を少し変えました。
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新入社員研修のこと-その2- [仕事]

事務系総合職新入社員を対象にした研修の内容を知った時ほど、一般事務職と総合職の違いについて痛感させられたことはない。
「最低限の業務知識」が分かってきたことと関係しているのか、3年目から仕事量が増加した。
仕事をしていくうちに、自部門の課題、上司の意図がおぼろげながらも分かるようになってきた。
もし私がいつまで経っても「最低限の業務知識」が分からなければ、業務遂行に悪い影響が出ていたと思う。会社にいた6年間で幅広い業務を経験したとは思わないが・・・、「最低限の業務知識」が分からなければ、業務内容の幅は確実に狭まっていたと思う。最悪の場合、任せてもらえる業務がほとんどない可能性もあったかもしれない。実際、社内外で、任せてもらえる業務がないために退職せざるをえなかったという話を聞く。
そのことを思うたびに、一般事務職でも「最低限の業務知識」を意識し、習得することの必要性を強く感じる。

これについて、「研修で勉強したことは、実務では全然役に立たない」という意見があちこちから挙がる。この意見を聞くたびに、研修の意義を理解して言っているのだろうかと思ってしまう。研修で学んだことは実務にすぐに使えて当然という考え方なのだろうが、これは、かつての受験勉強のイメージで研修を捉えていることと関係しているのではないかと考える。
新入社員研修もそうだが、研修は、自社ではどのような技術や知識が要求されているのかを知るためにある。「自社では、これとこれのスキルを持った人材が求められている」「この仕事をするためには、これこれのスキルを習得しておかなければならない」ということを研修以外の手段(ホームページにある記述を読む、講演を聞くなど)で示されても、具体的にはどのようなことなのか、頭の中でイメージできないのではないか。
研修の形式がどうであれ、研修を受けることで「こんなスキルが必要なんだ」ということが体感できる。いってみれば、研修は体験学習なのだ。スキルはすぐに習得できるものではない。研修で知ったことを日常業務に取り入れて何度も実践することで、習得していくものではないかと思う。

以上のことから、一般事務職新入社員を対象にした研修の内容をもっと充実させる必要があると思う。
特に、聴覚障害者の場合、耳から情報が入らない分、通常の業務をこなすだけでは業務知識がどうしても不足しやすい。「最低限の業務知識」の中身は、どの仕事をするかで変わってくるが、どの仕事をするにせよ、「最低限の業務知識」を新入社員の段階で習得していないことが、働く上での問題を大きくしている気がしないでならない。自分自身が現在担っている仕事の意味が分からない、組織全体から見た自分の仕事の位置づけがイメージできない、というのがそれだ。
私自身、「研修を受けてなくても、自分で勉強することで知識不足を補えばよい」と言われたことがあるが、「最低限の業務知識」が何なのか知らなければ、何を勉強すれば良いのか分からない。内部のホームページで新入社員研修の内容が公開されていれば、勉強するためのヒントは見つかるかもしれないが、私の時は公開されていなかった。

障害者を一般事務職で採用することについて、企業がどのように見ているのかは分からない。数年前の講演では「障害者も、貴重な人財としてみている」という内容の話を伺ったが、もし本当にそうなのであれば、新入社員研修の内容にも目を向ける必要があるのではないか。私はそう思う。

(終わり)
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新入社員研修のこと-その1- [仕事]

気づけば2ヶ月近く日記を書けていませんでした。
訪問してくださっている皆様、本当に申し訳ありません。

さて、今回は、新入社員研修に関する日記です。少々荒っぽい表現を含んでいるかもしれませんが、興味のある方はどうぞ。
_ _ _

前にいた会社に限ったことではないが、一般事務職新入社員の研修は期間が短い上に、内容も充実していないように思う。

私が入社した時は、総合職の研修期間が1ヶ月以上に及んだのに対し、一般事務職はたった2日。研修は講義中心で、1日目が企業の概要や企業活動(総合職との合同研修)、2日目が就業規則や福利厚生についての講義だった。
(*ビジネスマナーやPC操作で最低限必要なExcelやWordは、入社前にeラーニング研修を受講済)
一般事務職で入社した先輩たちがどれ位の期間研修を受けていたかは知らないが、どう考えても短過ぎる気がした。入社して1週間もしないうちに職場に配属になったが、これ位しか学ばずに職場でやっていけるのだろうかと不安になった。「一般事務職が受ける研修はこの程度なのか?」と思うことがなかったかと言えば、嘘になる。

研修期間の短さについての懸念は、職場に慣れていくにしたがって現実のものとなっていった。配属になった事業計画グループでは最低限の業務知識を習得する必要があったが、どのような知識を習得すると良いのかがとにかく分からない。組織自体が4月にできたばかりということもあり、そこにいる人達はグループ長を除いては業務経験がないという人ばかりだった。グループにはどのような役割が求められているのか?、役割を果たすにはどのような行動をする必要があるのか?が、彼らには分かっていなかった。彼らが分からないことで、新入社員の私はアドバイスをもらうことがほとんどなかった。知人友人を数多く作ることで勉強の仕方についての有意義なアドバイスを得ていた学生時代とのギャップに、当初は戸惑った。グループ長の薦めで、簿記を勉強することにしたが、簿記の勉強と業務がどのように結び付くのかイメージできなかった。

グループで要求される「最低限の業務知識」がどのようなことを指すのかが分かるようになったのは、2年目の時であるが、これは、有能な先輩や後輩(新入社員)とたまたま同じ職場になったことと関係がある。有能な先輩や新入社員だった後輩の話を仕事の合間に数多く聞いていくうちに、「最低限の業務知識」がどのようなことを指すのか、習得するにはどのような分野の勉強をすれば良いのかが自ずと分かってきた。
私が2年目でやっと分かった「最低限の業務知識」は、実は、事務系総合職が新入社員研修で学ぶ内容だったのである。会社の仕組みや自社についての基本知識(自社の組織、各部門の業務と役割 、自社の事業など)、実務への橋渡しとなる知識(業界特性、市場規模、競合など)がそれだ。上で挙げたものは、学生時代に経営学やマーケティングを学んだ人にしてみれば、知っていて当たり前のことであるが、学ばなかった人は会社の新入社員研修を受けることでしか知る手段がない。内部のホームページに詳しく載っているものもあったが、「最低限の業務知識」が何なのか分からなければ、「内部のホームページのどこかを探せば分かる」という発想に至らない。私自身、検索エンジンに気になった用語をひとつひとつ入れてみることで、業務に少しでも役立つホームページを検索しようと試みたが、失敗の繰り返しだった。

(その2に続く)
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職場における情報保障の必要性を分かってもらうには-その2- [仕事]

私は会社にいた6年間、10人の上司と仕事をしたが、半数が自己愛の強いタイプだった。このタイプの上司の下で仕事をしていた数年前、会議などにおける情報保障について希望を出したことがあるが、この時は喧嘩寸前までいった。事前に様々な角度からシミュレーションして対策したが、かなり反駁されたので、話をしている間は、彼らが反駁をなかなか止めないのではないかという恐怖もあった。最終的には、情報保障を認めていただけたので良かったが、ものすごい疲れを感じた。万端の準備を整えていかないと事がスムーズに運ばないというのは分かったが、希望を言うだけなのに精神的・肉体的にもエネルギーを必要とすることには現在も納得がいかない。聴覚障害者一人で解決することではない。
諦めて誰かに愚痴を言い続ける方法もあったかもしれないが、私はこれが一番嫌い。愚痴を言い続けても事態は好転しないと思っているからだ。

繰り返すが、職場における情報保障の必要性を分かってもらい、情報を獲得できるようになるには、「意見交換すればいい」「上司に相談すればいい」というものではない。こう書けば、「人事部に相談する方法もあるのではないか」と思う人もいるかもしれない。が、経験上、人事部は頼りにならないのではないかと思う。人事部としては、職場における問題は自分達で解決しろというのがスタンスのように感じる。「上司と部下の揉め事はどこにでもあるもの。そんなことにいちいち介入したくない。」という思いがあるのかもしれないが・・・。
先に、「上に立つ者を説得し理解を得るのに必要な知識や技術を身につけるしかない。」と書いたが、正直なところ、最良だと考えるのは、情報保障を法律で制度化し、法的拘束力を持たせること。
それが実現すれば、多くの人が「情報保障は聴覚障害者に必要なもの」という価値観を共有できるようになる可能性がある。実際そうなれば、聴覚障害者が今以上に働きやすくなるのではないかと思う。(かなり年数はかかると思うが・・・)

(終わり)
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