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聴覚障害者が長年働いていく上で必要な力を考えてみた(続き) [スキル]

6年前に投稿した「聴覚障害者が長年働いていく上で必要な力を考えてみた」は投稿して以来、毎日のようにアクセス数がある。この記事だけを読むために訪問している人もいるようだ。
一時、ツィッター等で拡散したことがあるようで、反響の大きさに驚かされるとともに、それだけ多くの聴覚障害者が働き方で悩んでいるのではないかということを痛感させられた。

さて、今回は、6年前に投稿した記事の続き。
この記事を最初に執筆したのが10年前、社会人5年目の時なので、10年前とは考え方が大きく変わっている。
今後10-20年仕事を継続すればまた考え方は変わると思うが、現時点で考えていることを追加する形で執筆したい。

10年前の執筆当時は、長年働いていく上で必要な力は「地頭の良さ」だと考えていた。

「地頭の良さ」は業務遂行力と密接な関係がある、というのが理由である。

しかし、この10年間、仕事を継続するなかで、「地頭の良さ」が全てではないと思うようになった。業務遂行に必要なスキルは、「地頭の良さ」と関係する事務処理能力だけとは限らない。協調性、コミュニケーション能力、調整能力、精神的にタフであることも含まれる。

ここでは、コミュニケーション能力、調整能力、精神的にタフであることの3点についてのみ、私見を述べる。
(協調性は誰もがイメージしやすい能力だと思いますので、ここでは触れません。)

コミュニケーション能力

コミュニケーション能力がどのようなことを定義するかは、人によって意見が分かれるところ。

職場では、官民問わず、「折衝能力」「交渉能力」「説得能力」を指すのが一般的のようだ。
私は、以前、伝えたとおりに他人を動かすことができる点で評価されたことがある。
伝えるための媒体が紙、口頭であるかどうかに関係なく、伝えたことがそのまま意図通りに他人に伝わることが「コミュニケーション能力が高い」と見る人もいるのだ、と勉強になった。
しかし、評価者が変われば、「発音が不明瞭 イコール コミュニケーション能力が低い」評価になることもある、ということも知った。
発音の不明瞭さはどうあがいても治らないもの。人前に出る仕事であれば、不明瞭さは「問題」「欠点」と捉えられるのかもしれない。かつて人事のアシスタントをしていた時は、新しく入ってくる人に対して「私は聴覚障害があります。コミュニケーションの面でご理解を・・・(以下、略)」とコミュニケーション面で理解をお願いしたい旨の文言の入った紙を配布していた。
コミュニケーション面で理解や協力をお願いすることはダメなのだろうか、と考えることもあった。理解や協力がお願いできなければ、一体どのような仕事をしていけばいいのかよく分からない。今も悩むところである。

調整能力

多くの聴覚障害者が最もイメージしづらい能力が「調整能力」だろうか。
過去に話を聞いた感じでは、「調整能力」が不要な業務をしている聴覚障害者が多い印象を受けたからだ。
私自身、民間企業では「調整能力」を必要とされる業務をした経験はなかったように思う。
(もしかしたらあるのかもしれないが、10年近くも前のことなので、記憶があやふやになっています。)
公務員に転職してからは、中小企業との接点を多く持つようになり、会社ごとにルールが異なる状況で、会社側の考え方と自治体側の考え方でどう摺り合わせをしていくか悩んだ経験が数多くある。
2年近く離れていることもあり、どのような業務をしていたのかなかなか思い出せないので、抽象的な書き方で申し訳ないが、外部と内部のルールや考え方が異なる状況で妥協点を見出しながら調整していく、というのが「調整能力」かと思う。柔軟性も要求される。

なお、「調整能力」を身につけるための業務に従事するには、公務員の場合、法律(民法や地方自治法が重要)や条例を理解できていることが前提になると思う。当然すぎるが、読解力が必要。民間企業は分からないが、公務員同様、それなりのスキルがあることが重要になるのではないか。

精神的にタフであること

精神的タフさは学生時代体育会系だった人が備えている要素と思われている。
新卒時の就職活動では、体育会系の人材は売り手市場だ。
しかし、体育会系の人材でも精神を病むことはある。民間企業時代、体育会系で有名だった同僚は精神を病み、私が退職する1ヶ月前に退職した。彼は非常に生真面目な性格で誰に対しても分け隔てなく接する人だった。優秀な人で様々な案件を抱えていたので、限度を超えた労働が精神を病む一因になったのではないかと考える。
彼が退職する日、彼に対して向けられた部長からの突き刺すような冷たい視線。それだけは今でもしっかり憶えている。
人は意外と脆く、何かをきっかけに精神を病んでしまうのはよくある話。逃げ場や安息できる場所を確保できていることが、精神的タフさにつながると思う。
彼以外にも、体育会系社員が退職したという話は何度か聞いているので、スポーツで長年鍛えられたから精神的にタフというわけではないと思う。
私もかつて精神を病んだ経験があるので、あまり他人のことは言えないが・・・、精神を病みやすい人の傾向として、独居している人が多いように感じた。官民関係ない。一人暮らししていて、愚痴をきいてくれる相手がいない、逃げ場がないと感じる人は早急に何らかの対策を講じた方が良いかもしれない。

以上が、コミニュケーション能力、調整能力、精神的タフさについての私見である。

長年働いていれば、昇格に対する感情は自然に芽生えるもの。
どこまで昇格したいかは個々人によって異なるが、今までに話を聞いた印象では、最低限係長クラスまでは昇格したいと考えている聴覚障害者が多いように思う。
係長クラスといえば、一般的には下級管理職を指すが、自治体では管理職一歩手前の「実務のリーダー」を意味する。私が現在、勤務する自治体では、現状は事務処理能力が低くても係長クラスまでは昇格できる。下駄を履かせてもらったのではと思うような職員もいた。

事務処理能力、協調性、コミュニケーション能力、調整能力、精神的にタフであること。

この5つが一定程度のレベルに達し、そのレベルを維持し続けることができれば、長年働き続けられるのではないか。昇格も夢ではない。

私はそう考えている。
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なかなか理解できなかった経理用語 [スキル]

今になってこんなことを書いても意味がないような気がするが・・・、
会社にいた頃、理解に苦しんだ経理用語がある。
それは、付替関係の用語。
「付替高」「付替受高」「付替損益」の三つは本当に理解できなかった。
定義自体は分かっていても、なぜこういう定義なのかといったことがよく分からなかった。

全業務に占める付替関係の業務の割合は、10~15パーセント。
それでも、付替関係の質問を受けるのは本当に怖かった。
関係部門から質問が来るたびに、関連資料を探しまくったり上司に聞いたりして理解したことを回答するように努めたが、それでも、真の意味で理解しているとは思えなかった。
質問してくる側は、「経理部なんだから、理解していて当たり前」という認識で質問をしてくるため、間違ったことをひとつでも言うことによって信用をなくしてしまうのが怖かった。

会社を退職した後も、なぜ理解できなかったのかを考えることがよくあった。
現時点で考えられることといえば、以下の4つである。

1. 内部取引における人の行動を、自分がイメージできなかった。
2. 取引した事実を証明する書類(請求書、見積書、計画書etc)を見たことがなかった。
3. 付替関係について、きちんと説明された資料がなかった。
4. 事業部同士が取引をする目的や背景をよく理解していなかった。

2.は、伝票処理を日常的にやっている人であれば、当たり前のように目にするものだと思うが、私は数字をいじる仕事しかしていなかったため見たことがなかった。

3.についていえば、経理業務を行う人向けのテキストはあったが、そのテキストではなぜかページを割いて解説していない。(数行のみの記述しかない)
日常業務のなかで理解していくものというのが、テキスト執筆者間では当然の認識だったのだろうか。
テキスト内容を理解する目的で経理研修も受けたが、情報保障の配慮が得られなかったため、たいして効果が上がらず。


経理業務では、ひとつひとつの専門用語に対するきちんとした理解が必要。

周囲の健聴者がどのように理解していったのかは分からないが、日常の何気ない話を聞きながらイメージを膨らませるなりして理解していったのではないかと考える。

聞こえない私の場合、理解にあたってはどのようなアプローチが必要だったのかは今でも分からない。
当時は、きちんと理解するために未経験の伝票処理を経験させてほしいという話を上司にした記憶があるが、聞き入れてもらえなかった。
伝票処理を実際に経験することが理解につながるのかどうか確信はなかったが、業務を増やすことで業務から得られる情報量が少しでも多くなればイメージしやすくなって最終的には理解につながるのではないか・・・ということを考えていた。

現在は経理とは関係のない仕事をしているが、今後、同様のケースに直面することがあったらどうしようと思ってしまうことがある。
それくらい、付替関係の用語が理解できなかったことは、過去の苦い思い出となって心のなかに残っている。
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聴覚障害者が長年働いていく上で必要な力を考えてみた [スキル]

今回投稿するのは、4年近く前、かつて運営していた別のブログへの投稿を目的に作成した文章です。

聴覚障害者の働き方に対する見方や考え方が多少緩やかになっている今、あらためて文章を読み直してみましたが、作成当時に気づかなかった視点が見えてきて、「これは違うのではないか」「厳しすぎる書き方ではないか」と違和感を感じる箇所がたくさんあります。(自分で書いておきながら言うのもなんですが・・・)
また、文章自体もまとまりがなく、結論が全然見えてない気がします。

このことで、公開せずに自分の手元に残しておいたほうが良いのではないかと一度は考えましたが、ネット上に、似たような話が見当たらないことから、「こういう考え方もある」ということを示す目的で再投稿することにしました。

(今後、気付いたことが出てきましたら、加筆修正するか、もしくは、別に文章を作成する予定です)

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聴覚障害者が長年働いていくには、周囲との円滑な人間関係を築く力より業務遂行力が重要だと考える。
 
長年仕事をする上で最初に考えておきたいのは、その時その時の職場が自分にとって居心地のいい環境であるかどうかということ。お偉いさんが聞いたら怒りそうだが。
この環境を作り出すのはほかならない自分自身だが、居心地のよさは、職場における自分の相対的な位置関係によって決定される。
 
学生時代を思い返してみれば、何でもソツなくこなす人の方が居心地がよかったように思う。
国語数学英語社会理科なら満点が取れるという秀才君は何をしていても一目置かれる一方、一部の人から向けられる嫉妬のエネルギーが強かった。何か一つに秀でているわけでもない平均的な人間は、出ない杭は打たれないで、何事も普通にこなしていれば、何も言われないし、嫉妬されることもないので、人間関係は比較的円満だったのではないかと思う。
 
これは、聞こえる人の仕事ぶりについても言えることで、電話が取れる、分からない事があれば気軽に聞いて教えてもらえる、与えられた仕事を受身でこなす、これらをするだけで業務遂行力は平均程度のレベルに達する。あとは、人間関係で特に問題がなければ、自分にとって居心地の良い環境が自然に出来上がる。(実際はそうではない!という人もいるだろうが)
しかし、聴覚障害者の場合、電話が取れない(もし取れたとしても聞こえる人のようにはスムーズに行かないことが多い)、分からないことがあっても気軽に聞けない時点で、業務遂行力は聞こえる人よりガクンと落ちる。分からないことを聞いて教えてもらえたとしても、一から丁寧に教えてもらえるのは新入社員の時だけ。新入社員の期間を過ぎると、多少あやふやな箇所があってもある程度は分かっていると見なされ、質問に対する回答もある程度の知識を持ち合わせていることを想定したものになっていく。
 
これは、聞こえる人が新入社員時代、日常業務以外に、労働組合関係の委員、イベント担当などの雑務を通して、担当業務の内容、それに関する周辺知識をあやふやながらも自然に身につけていっているためだと考える。一方、聴覚障害者は、雑務を割り当てられることは殆どといっていい程ない。周囲の人の過剰な配慮があるのかどうかは不明だが、聴覚障害があるために信頼が得られない、ただそれだけの理由で割り当てられないのではないか。このようなことから来る経験不足は、「情報力不足」「知識不足」として、年を経るごとに聞こえる人と聞こえない人との間の差に顕著に表れる。
 
大きく差をつけられてしまった聴覚障害者は、仕事のレベルが上がらない、質も高まらない・・・で仕事に行き詰まり、人間関係も思うようにいかないことで、虚無感に陥り、自分の存在意義を次第に失っていく。最終的には退職という選択をする人もいる。
個人差はあるが、大多数の聴覚障害者は聞こえる人同様にできないことについて悩んでいる。人間関係に自信がなくても、仕事で頑張れる聴覚障害者は、一部の人に限定され、地頭がよかったり、特定の専門分野で他人との差別化を図れる人に見られるように思う。
地頭の良さは、考える力が強いことを意味するが、考える力は言語力と比例する。
言語には、思考した結果を表現する道具としての役割があるからだ。
 
地頭の良さは、業務遂行力とも密接な関係がある。
実際、地頭が良い聴覚障害者は、何気なく思ったこと、感じたことをポンポンと言語に変換していく。過去に記憶した知識を複合的に関連付けて必要な時にきちんと呼び出すこともできる。そればかりではない。日頃から能動的な姿勢で仕事に取り組んでいるので、どのような情報にアクセスすれば、自分の知りたいことを知ることができるのかも理解している。これなら、聞こえることを要求しないチャットやメールで、スムーズに意思疎通を図ることができ、説明が伝わらないことを理由としたもどかしい思いをすることがない。たとえあったとしても、少ない回数で済む。ストレスも溜まらないし、精神衛生上良い。
 
しかし、大多数の聴覚障害者は、平凡な人ばかりだ。地頭が良くない場合、聞こえる人同等もしくはそれ以上の業務遂行力を身につけることを諦めなければいけないのだろうか。
私自身、過去に地頭の良い人を何人か見てきた経験から、地頭の良さは生まれつきによるものが大きいと考えていた。ところが、最近になって、地頭の良さは後天的な努力でも獲得できるものであるということが分かってきた。地頭の良さは考える力を意味すると先述したが、具体的には論理的思考力や数字に関するセンス、物事を抽象化する能力の高さをいう。
これらの能力は、訓練次第で能力アップが図れるといわれている。
聴覚障害者が考える力を身につけるには、9~10歳の時点で具象化思考と抽象化思考の使い分けができるようになっていることが前提になる。
 
現実はどうだろうか?
乳児期から聴覚障害がある場合、1、2歳頃から小学校低~中学年の長期間に渡って、ことばを一つでも多く覚える目的での詰め込み教育が行われる。
専門の教育機関に通学して指導を受け、家に帰れば、母親手作りの絵カードを見ながら「これは、なになにです。」と気が遠くなるほど同じ言葉を繰り返し言わされ、絵日記を書いては「昨日は、どこどこに行きました。なになにをしました。」と書いた内容をオウムのように何度も言わされる。この訓練を通して、具体思考を抽象思考につなげていくが、抽象思考にたどり着けずに挫折する聴覚障害者も少なくない。挫折しなかったとしても、抽象思考がある程度の所までしか伸びず、考える作業に支障を来している聴覚障害者も多い。こうなると、聴覚障害者全体の業務遂行力の底上げは望めないのだろうか。

現状、この問題を軽視している人は多い。聞こえる人と変わりない文章が書けるようになった、ただそれだけの理由で、考える力は身についている、これで社会に出てもやっていけると判断を下してしまう専門家は多い。どのような文章が書けるようになったかを重視すべきだ。文章の種類は、日記、紀行文、記録書(レポート)、報告書、手紙、記事と多岐に渡るが、専門家の言う「聞こえる人と変わりない文章が書けるようになった」は、日記や手紙が“普通に”書けるようになったことを指しているように感じる。報告書やレポートは、日記を書く能力よりも高度な能力を要するので、たかが日記が書ける程度で、聞こえる人と変わらない文章が書けるようになったと喜ぶのは早い。

職場環境の整備、情報保障の充実を声高に叫ぶことも大事だが、業務遂行力についてもっと考慮することが必要ではなかろうか。優先順位を下げられていることが非常に残念でならない。

【関連記事】「聴覚障害者が長年働いていく上で必要な力を考えてみた(続き)」
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目に見えるものの背景を常に考える努力をすること(6/7 19:03修正) [スキル]

申し訳ありませんが、一部表現を修正しました。
(※文章の内容は大きく変えていません)

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前の記事で書いた「目に見える一つ一つの物事の背景を常に「Why?」と考える努力をする」ことにおいては、IT化されていない職場環境の方が有利に働くのではないか・・・と思うことがあります。

私が現在担当している業務でいえば、「目に見えるもの」はヒト・カネ・モノ(資料・設備等)の動きを主に指しますが、IT化された職場環境は、ヒト・モノ(資料・設備等)の動きが見えにくいのです。私が以前にいた職場も例外ではなく、IT化推進の先導役という位置づけでいろいろシステム化されており、周囲の人がどのような仕事をしているのかが大変見えにくかったです。

例えば、誰かが近くの同僚に「資料の紙を渡す」という動作をする場合、私は資料に書かれている文字に視線を移動させ、「なぜこの人は△△さん(同僚)にこの資料を渡すのだろうか」「この人と△△さん(同僚)は、仕事上でどのような関わりがあるのだろうか」等、資料を渡す意味や背景について考えます。
しかし、IT化で紙の電子データ化が進んだ職場環境では、近くの同僚に「資料の紙を渡す」動作を電子メール経由で行います。電子メール経由で行われる、ということは、よほどの理由がない限りは私の目に触れないことを意味します。そうすると、誰かが近くの同僚に資料を渡すところを見ることができないことから、資料を渡す意味や背景について考えることは全くできなくなります。

職場における現状の問題点を把握しようにも、目に見える範囲で物事がどのように動いているかがほとんど分からないため、把握できませんでした。予算管理を担当していたため、上司からは「何か気付いたことや問題点があったら、質問して!」と度々言われていましたが、各グループからあがってくる予算の数字をただ眺めていることが多かった記憶があります。

未だに、IT化された職場環境は聴覚障害者にとって働きやすいと思っている方が多いようですが、業務内容によってはプラスどころかマイナスに働くことがあります。一日中パソコンと向き合って単純作業をするだけなら、プラスに働きますが、他人から情報を聞き出すことで成り立っている仕事の場合、IT環境が整ったところでプラスに働くとは限りません。職場から電話がなくならないのが、IT環境の限界を端的に示していると思います。

ただ、全てをIT化しない職場環境の場合、業務効率がIT化された職場環境に比べて落ちます。このため、IT化するものとしないものに分けることで、ヒト・モノ(資料・設備等)の動きが見えやすくなり、延いては、目に見えるものの背景を常に考える努力のしやすさにもつながる・・・と私は思っています。
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「仕事で高い評価をいただく」とは?(その3) [スキル]

では、聴覚障害者が評価してもらうにはどうすればいいのでしょうか。

私自身、社会人歴がまだ6年と浅いので、どうすればいいのか答えが出せずにいません。
ただ、転職の際に、「仕事で他人にお願いして協力してもらう」スキルを評価していただけたことを思い返してみれば、「周りの人が働きやすい雰囲気を自然に作れる」スキルがなくても評価していただけるのではないか・・・というのが私の考えです。

「仕事で他人にお願いして協力してもらう」ことは、ただ単に「仕事の指示を出す」ことと思っている人が多いのか、意外と軽視されやすいのですが、自分がやっている仕事を他人に振り分けたりするなどして協力してもらうことは非常に難しいものです。
①他人に物事を分かりやすく説明できる力 ②他人が仕事しやすい環境を整える力(単純作業でいえば、フォーマットの整備がこれに該当します。他にもいろいろありますが。)の二つがあることが絡み合って初めて「仕事で他人にお願いして協力してもらう」ことが可能になります。
ここで、他人の協力がスムーズに引き出せれば、チームワーク内での仕事も上手く回ることから、チームワークへの貢献度が高くなると思います。

私自身、OJT教育を受けていた頃は、補助的業務を多くこなしていたこともあり、先輩から仕事の協力をお願いされることが非常に多かったのですが、先に述べた①と②の力を兼ね備えている先輩に対しては、協力がしやすかった記憶があります。このような先輩が身近な所に何名かいましたが、いずれもマニュアルが作成できるほど業務を熟知している方ばかりでした。

今のグループ(管理系の仕事です)では、最低限の人員で多くの仕事をこなさなければならないことから、私の方でマニュアルを作成するなどして他のグループの人に仕事を振り分けたりすることが度々ありますが、「仕事で他人にお願いして協力してもらう」スキルの重要性を強く感じます。

・・・長々とした文章を書いてきて結論が出ないのは申し訳ないのですが、この記事を読んでいただくことで、聞こえなくてもチームワークに高い貢献をするにはどうすればいいのかを考える機会にしていただければと思います。

(終わり)
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「仕事で高い評価をいただく」とは?(その2) [スキル]

多くの聴覚障害者が「なかなか評価されず、出世できない」のは、「周りの人が働きやすい雰囲気を自然に作れない」ためにチームワークへの貢献度が低いと思われていることに原因があると考えます。

「周りの人が働きやすい雰囲気を自然に作れる」スキルは、就職するまでに積み重ねてきた行動習慣が大きく影響しているため、誰もがそう簡単に身につけられるものではありませんが、少しでも身につけるとしたら、自分の目の届く範囲(半径0.5-1.0m)にいる人だけでなく、自分より少し遠い位置にある人の行動も意識して気を配ることが非常に大切になってくると考えます。
この点、聴覚障害者は、他人の話し声が耳に自然に入ってこないという特性上、自分の目が届く範囲でしか意識することができません。
「(聴覚障害者は)気がきかない」と思われているのも、意識する範囲の狭さと密接な関係があります。

したがって、他人とコミュニケーションを取り、正しく評価してもらうためには、聴覚障害に関する最低限の基礎知識をきちんと説明し、偏見や誤解を取り除いておくことが非常に大切ですが、聴覚障害の場合、他の身体障害と違い、説明しておかなければならないことがあまりにも多すぎます。「こういう特性があります」と一括りにはできない障害ですから。
説明するだけでなく、実際に接してもらう中で「聴覚障害とはこういうことなのかな」と思っていただくのが理想的なあり方ですが、なかには距離を置きたがる人や態度が非常に冷たい人もいます。
会社員時代、職場の人達にも社内SNSのブログを公開していましたが、このような人の対応に変化はありませんでした。(仕事でも大変関わりがあった人なので、残念です)

(その3に続く)
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「仕事で高い評価をいただく」とは?(その1) [スキル]

会社員時代、他の聴覚障害者から、「なかなか評価されない」「なかなか出世できない」といった不満を聞くことがあったので、「仕事で高い評価をいただくとはどういうことなんだろう?」ということを時々考えていました。
そこで、今回は、「仕事で高い評価をいただく」とはどういうことなのかを考えてみることにします。
(ここでは、事務系職種について考えてみることにします)

現在、多くの企業では、個人個人の単位で仕事をモジュール化し、成果や達成度を数値で評価している「成果主義」を導入していますが、事務系職種の場合、「成果主義」では評価できない部分があると思います。
共同作業が多くを占める事務系職種では、業務遂行力以外にチームワークが要求されるという特性上、チームワークにどれ位貢献したかも評価の一項目に入っています。

なぜチームワークへの貢献度が人事評価の一項目に入っているのでしょうか。

そこには、将来のリーダーとなる人物を選抜する狙いがあると思っています。
個々人の業務遂行力だけが評価の対象になっていたら、誰がリーダーに適した人物なのか見極められないですものね。(「こんなの、当たり前じゃん」と言われそうですが・・・)
組織において高い評価を受けることは、給料がアップするだけでなく、出世の階段を順調に昇り、将来的には部下を管理する立場にもなる可能性があることを意味します。このことを私達は普段意識していませんが・・・。

ただ、チームワークにどれ位貢献したかを評価するのは難しいですよね。
貢献度は数字で表現できないものですから・・・。
なので、貢献度評価項目では、誰もが納得のいく要素が評価基準として取り扱われていると思います。
「周りの人が働きやすい雰囲気を自然に作れるかどうか」がそれですが、特に、「周囲の人のやる気を引き出せる」「周りの人の表情が明るくなる」「誰にでも自然な気配りができる」人は評価が高い傾向にあると思います。
組織を牽引するリーダーに必要不可欠な資質を考えれば、上で挙げた人達の評価が高くなるのも納得できます。

(その2に続く)
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