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昇進昇格のポイントや基準は不透明なのか [仕事]

民間企業において、「総合職なのに昇進昇格のポイントや基準が不透明だ」と考えている聴覚障害者は多い。
コミュニケーションが取れないから、人間関係が築けないからで片付けられているように思う。

果たしてそうだろうか。
前回の記事で、「仕事ぶりからして出世するだろうと思った人達は全員が上位職位に昇進昇格している」と書いた。
実は、彼らに共通しているのは、取るに足らない疑問や質問も真摯に受け止めて回答してくれる、的確なコメントをくれる、という点だ。
誠実さがあるかどうかが大きく関わっているように思う。
この点でいえば、聴覚障害者には仕事絡みで誠実さがある人は意外と少ないのではないか・・・と考えてしまうのだ。

それはなぜか。
私事で恐縮だが、学生時代から今に至るまで、聴覚障害者で誠実だと感じた人は数えるほどしかいない。
それ位、自分本位、人を茶化したり、表面的な部分で判断して自分の価値にならない人を無下に扱う人が多かった。
情報や経験の引き出しが少ないからか、自分が答えられない質問は無視するという幼稚な人も少なからずいた。
学歴は関係ない。高偏差値の大学に通う聴覚障害者はずる賢いからか?知恵があるからか?相手を試すかのような行動を取っている人もいた。
私自身、そのような聴覚障害者には嫌な思いをたくさんさせられた。
特に、人脈があることで評判の聴覚障害者に対する印象は私のなかではすこぶる悪い。

こう書くと、プライベートと仕事は分けて考えるべき、という意見が出てくるかもしれない。
それはごもっともだ。
しかし、プライベートで誠実でない人が仕事に対して誠実であることはあり得るのだろうか。

人間は器用に振舞えるものではない。
話が脱線してしまうが、私はあの山本耕史氏にファンレターを出したことがある。
1995年頃の話で、彼が高橋由美子氏と主役を務めていた映画「時の輝き」をたまたま見て、なぜだか分からないが、彼の演技につい惹きこまれてしまった。
当時、彼は10代後半と若いながらもミュージカル俳優としては実力のある役者さんだったように思うが、ドラマ「ひとつ屋根の下」で名が世間に浸透したばかり。
今は香取慎吾氏(元SMAP)、堀北真希氏絡みで頻繁にメディアに登場するので彼に関する情報は多いが、当時は驚くほど情報が乏しかった。
彼の出演する映画や舞台の情報が欲しかったので、ファンレターを躊躇することなく出した。
ぎこちないファンレターだったのに、1ケ月後には自筆によるハガキが届いた。
ハガキ文面が文字でぎっちり埋められ、珍しく筆マメな上に、芸能人ならではの驕りが全くなく一人ひとりのファンを大切にする人だと感じた。
と同時に、「彼は今後知名度が高くなる俳優さんだ」と思った。
予想通り、ファンレターを出してから10年もしないうちに、彼は全国的に有名になり、2005年には紅白歌合戦の白組司会を務めるほどまでになった。
一昨年の堀北真希氏との結婚話で「手紙を何通も出した」ことや、非社交性で評判の香取慎吾氏と仲良くなったことが話題になった時は、ファンを大切にする人は仕事仲間やプライベートの友人知人も大切にするものだということを強く実感した。
(どちらも大切にしなかったことによるイメージ悪化、(俳優業の)売上減少を無意識のうちに理解しているから・・・という見方もあるかもしれないが。。。)

上で書いたことは極端な例かもしれない。
しかし、山本氏のような有名人が誰にでも分け隔てなく接しているように見えることから、有名人に比べて交際範囲や行動範囲の狭い一般人が「○○さんには悪い態度で接して、○○さんには良い態度で接する」という器用なことができるのかと考えてしまう。
器用なことをするには多大なエネルギーを消費するはずだ。
したがって、プライベートで誠実でない人が仕事に対して誠実であるはずはないと考える。

誠実さは簡単に身につけられるものではない。
(「優しい」と「誠実」は全く別物。そこを誤解しないように。)

多くの聴覚障害者に誠実さを感じないのは、聴覚障害者の心理的な発達に問題があるからではないか・・・。
そんなことを最近は思うようになっている。

こう書くと、心理的な発達に問題があることと昇進昇格のポイントや基準は分けて考えるべき、とお叱りを受けるかもしれない。
しかし、原因は意外なところに潜んでいるかもしれないもの。今後は、原因のひとつに心理的な発達も付け加えて考えていきたい。
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採用枠にこだわるのは不毛だ [雇用]

働いている聴覚障害者の間では、時おり、障害者枠、一般枠のどちらで採用されたかということが話題に上がる。
「障害者枠で採用されたのか」という質問を受けた途端に、顔色を変えて「私は一般枠で採用された」と怒り出す人も少なからずいる。
一般枠で採用された聴覚障害者は優秀で、障害者枠で採用された聴覚障害者は優秀でないという図式が多くの人の頭のなかにできあがっているように思う。
聴覚障害者はプライベートでつながっている他の同障者がどれ位の能力を持っているかについてやたらと詳しい人が多いので、同障者で構築する地域コミュニティの場においても、「一般枠で採用された」ことはそれ自体一流大学に合格したことと同じ位強力なブランドになる。テーマ自由で講演会を開こうとなった時、講演者の人選においても、候補に上がりやすい。

私は、民間企業、自治体の両方において、障害者枠で採用されたが、自治体に採用された時は多くの聴覚障害者から「障害者枠で採用されたのか」とよく尋ねられた。
私の能力が軽んじられていたからなのか?民間企業からの転職が珍しかったからなのか?今となっては分からないが、うんざりするほど尋ねられたのは事実だ。
採用試験に障害者枠を設けているところであれば、民間企業、自治体のどちらにおいても、身体障害者採用試験は一般向けの採用試験に比べて競争倍率が少し低く採用基準が緩やかな傾向にある。
そのことから、一般枠で採用された聴覚障害者が「自分はいかに優秀であるか」を誇示したがる心理、障害者枠で採用された人を軽蔑する心理は想像できなくはない。

採用された後の業務内容は、私が見聞きした範囲でいえば、民間企業と自治体では異なるように思う。
障害者枠であっても、民間企業総合職で採用された場合、昇進昇格につながる仕事を任されることはあるかもしれないが、一般事務職の場合は、そのようなことは皆無ではないか。
私自身、民間企業で過ごした6年間は昇格できなかった。
健聴者は一般事務職であっても最高ランク(係長)まで昇格している人はいたので、その人達を見る限り、地味と思われる仕事をこなしつつ、何事も臨機応変に対応でき秘書的な役割を果たせる人が一般事務職としては昇格しやすいのではないかと考えている。
逆に、自治体は、障害者枠、一般枠のどちらで採用されてもあまり差はないように思う。
電話対応ができるかが大きなポイントになる。
障害があっても、聴こえて視力もあって手先が器用に使える人であれば、幅広い仕事の経験を積める。
分かりやすい例が、下肢障害者だ。
私の知っている下肢障害者は学校事務のスペシャリストと評価されている。
これは、長年様々な事務を経験した上に、様々な教員や管理職との人脈を築き、多くの学校に関する情報に精通しているからだ。
学校事務の大規模な改革では、事務効率化の功労者としても評価された。
その人も、障害者枠で採用された職員。
私は今、育児休業中で自治体内部の情報にアクセスできない状態なので、その人が出世しているのかどうかは分からないが、出世するに相応しい職員であると考えている。
(生意気かもしれないが、民間企業、自治体のどちらにおいても、仕事ぶりからして出世するだろうと思った人達は全員が上位職位に昇進昇格しているので、その人もいつかは昇進昇格すると信じている。)

聴覚障害者はキャリアプランが描きにくい。
高学歴イコール仕事面で優秀、に直結するわけではないが、長年、「一流大卒という肩書を手に入れ、一般枠で採用されれば、ある程度昇格しやすい。高い給料がもらえる。」という価値観が多くの人に身に染み付いているように思う。
だからこそ、一般枠が上で障害者枠が下という価値観で、仕事に関するあらゆることが語られる傾向にあるが、先述した例のように、どちらの枠で採用されようが、自分に合った仕事を長年継続できて、さらに昇進昇格できれば御の字だと考える。

故に、一般枠、障害者枠のどちらで採用されたかに関心を持つのは意味がないことだけは強調しておきたい。
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