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「とろい」「要領が悪い」と言われること(1/17修正加筆) [メンタルヘルス]

今年もよろしくお願いします。

最近、妊娠8ヶ月目に入りました。産休まであと残りわずか。
お腹のなかにいる赤ちゃんは日々筋肉と脂肪がついて力強くなっているのか、
時間に関係なく暴れまくっています。
暴れられると痛いですが、元気に育ってくれている証拠なので、安心します。
ここまで来ると、出産経験者で経過が順調だった方や知識のない方は「無事
に出産できるのでは」と思うのかもしれませんが、何があるか分からないのが
妊娠出産。母からは、私を出産した頃、同じ病院に入院していた母子が妊娠
中毒症で亡くなった話を何度も聞いていたので、何事もなく出産できれば・・・
と日々祈るような気持ちです。

さて、本題に入りますが、時々、タイトルのようなことについて考えます。

私は社会に出るまで、周囲から「とろい」「要領が悪い」という言葉をよく
言われました。
親に言われるのは我慢できるとしても、同級生(特に、女子)に言われるのは
我慢できない。
スクールカーストとでもいうのでしょうか、学校生活では同級生に比べて自分
の方が立場が弱いことを何となく自覚していたので、言い返すことはありません
でしたが。

皆にうまく合わせられない時に、「とろい」「要領が悪い」という言葉がよく
出てきたのですが、時々睨まれたりすると「あんたがいると迷惑なんだよ」
「役立たず」「出ていけ」と言われているかのような気持ちになり、同級生と
同じ場にいることがいたたまれなくなりました。
私ではありませんが、小学5年生の時の学校行事で、
歩くのが遅い男子をある女子が「何やってるんだ。早く歩けよ!」とドスの
きいた声でどなりつけるのを何回か聞いた時は大変不快な気持ちになりました。
自分がどなられたわけではないのですが、当時のクラスには彼女のような性格
の女子がいくらでもいたので、彼女たちの存在が恐ろしく感じたものです。

このような経験が何度も繰り返されると、「とろい」「要領が悪い」人は社会では
役に立たないのかと考えるようになってしまうのですね。
さすがに、今は言われませんが、ネット掲示板などで「とろい」「要領が悪い」こと
に対する悩みを読むたびに心が痛みます。

「とろい」「要領が悪い」と言われることは、言われる側にとっては自己肯定感を
ズタズタに引き裂かれるようなものです。
私は何度も引き裂かれているので、女性不信になってしまい、一時期は女友達が
いなくてもいいと考えていた位です。今も潜在意識ではそう考えているところが
あるので、「ふよこさんがいてくれてよかった」と言ってくれる女性は大変ありが
たいですね。

ただ、未来の我が子をどう育てるかを考えるたびに、かつて「とろい」「要領が
悪い」と言われたことをふっと思い出してしまい、腸が煮えくり返る思いです。
未来の我が子も私の遺伝を半分受け継ぐでしょうから、ある程度大きくなったら
「とろい」「要領が悪い」ことでいじめられないか、不安な気持ちが常にあります。
子ども時代は子どもらしく過ごせるのが一番ですが、どうしたらいじめられないか
を考えるとあらゆる側面から徹底的に対策しなければという焦りもあります。
生まれる前から、そんなことを考えていても仕方がないのは分かっていますし、
いじめっ子にしないのが大事だということも勿論理解していますが、将来出会う
かもしれないであろう陰湿な子供やその親の存在を考えると・・・。

「とろい」「要領が悪い」は裏を返せば、マイペースさ、経験不足のために慎重で
あること、何らかの原因で動作が鈍くなっていることの顕れですが、それらを言う人
(特に、女性)はそこまで考えが及ばないのでしょうか。
女性批判だと言われるかもしれませんが、私の経験では、思考力に乏しい女性は
学力が高くても「とろい」「要領が悪い」原因を突き詰めようとせずに、その場の
感情だけで言い立てたりするから厄介です。
このような女性の共通点といえば、肩書きやステータスにこだわる点
や損得勘定で人を判断する点にあるので、
彼女たちの考えでは、「とろい」「要領が悪い」人は社会では役に立たない、潜在的
にお金を稼げない人だと考えているから、排除しようとしているのでしょうか。
これは子どもも大人も関係ありません。

「とろい」「要領が悪い」の反対である「行動が早い」「要領が良い」は、確かに、
公私ともに評価されるポイントになっているように思います。
学校時代からそのように評価されている人は社会の役に立ちそう、潜在的なレベルで
お金を稼げそう(お金持ちになれそう)と考えられているように思います。

しかし、この二つを備えた人であっても社会の役に立ち、お金を稼げている人は
どれだけいるのか疑問です。
「とろい」「要領が悪い」と言われ続けた私でさえ、平均的な日本国民以上の収入
はあるわけですから、「とろい」「要領が悪い」イコール「社会の役に立たず、
お金を稼げない」というわけではないのだと思います。

そして、「行動が早い」「要領が良い」特性は永遠に続くものではありません。
個人差はありますが、身体の自由が利いて気力体力がみなぎっているからこそ、この特性を
持てるのではないでしょうか。
身体の自由が利くことそのものでさえ、当たり前のことではありません。
多くの人はおそらく「自分は病気にならない」「介護を必要としない」と思っているの
かもしれませんが、年齢を重ねて病気になり介護が必要な状態になれば、行動は当然遅くなり、
要領よく動けなくなるのではないでしょうか。

このように考えるからこそ、過去に「とろい」「要領が悪い」と言ってきた女子(女性)たちの
傲慢さには何年経っても怒りがおさまることがありません。


話が横道にそれますが、
仕事でいえば、営業は「行動が早い」営業マンは確かに喜ばれます。
私も普段の仕事では民間企業の営業担当者と接点があるので、お願いしたことに
対して早く対応してくれる営業担当者はありがたいです。
しかし、事務処理が雑だと営業担当者への信頼が揺らいでしまうことがよくあります。
特に、請求書の日付が昨年度の日付になっているとかあり得ないミスが相次いだ場合。
それならば、「とろくても、行動が少しくらい遅くても、要領が悪くても、正確に
処理してくれる」営業担当者の方がありがたいと思ってしまいます。
職場と相手先が離れていればいるほど、書類を受け取ってはミスを連絡して、再度
書類をもらって・・・の繰り返しで数日かかるのはザラにあることですから。
これは営業担当者だけでなく、事務職にも言えることですが。

おそらく、多くの人は学校生活でも仕事でも「行動が早い」「要領が良い」のは
誰にでも喜ばれることを暗黙のうちに身につけていると思います。
ただ、この二つはケースバイケースであって、そのまま個人、延いては組織全体の
利益に結びつくわけではありません。(そんなこと分かっているよとツッコミが入り
そうですが。)
研究開発や教育(特に、特別支援教育)など、長期的な視点でじっくりと取り組まないと結果が
見えてこないものは「行動が早くて、要領が良い」こと以上に、忍耐強さを必要とします。
私は教育関係の職場にいますが、現場の教員は「とろくて、要領が悪い」と思われている人でも、
仕事に真剣に向き合っている人であれば、評価されているように感じます。

あと10、20年もすれば、仕事のロボット化が進むと言われていますが、もしそうなったら、
「行動が早くて、要領が良い」ことが評価の大きな要素であった仕事は、誰がやっても同じと
考えられている(イコール機械化が進む)ためにますます失われていくのではないでしょうか。
逆に、忍耐強さを必要とする仕事の価値がますます上がっていくのではないでしょうか。

そんな時代がやってきたら、子どもも大人も「行動が早くて、要領が良い」ことに対する価値観が
変わり、「とろくて要領が悪い」ことの意味を真剣に考える、もしくは、メリットを見出そう
とする人が増えてくる可能性もあると考えます。
実際に、そのような人が増えれば、「とろくて要領が悪い」人を排除する動きは減るのかな・・・と
楽観的な見方もしています。


・・・かつて関わりのあった女性たちにここで文句を並べてもしょうがないのは
分かっていますが、どうしても我慢できなかったので、書いてみました。
支離滅裂な文章ですが、お許しください。

他に何か気づいたことがあれば、加筆修正します。

※1月17日午前11時32分、太字部分を修正加筆しました。
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