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「誰かの役に立てる」という確信 [メンタルヘルス]

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

さて、本題です。

ここ数日、「誰かの役に立てる」という確信は、何か行動をしたり継続させる上での強いモチベーションに
なるということに気づかされました。
どのような形であれ、自分が行動することによって「誰かの役に立てない」ことを確信している場合は、
何か行動する気になれないのです。

現在の私にとって気が進まないのは、同窓会や職場の飲み会、他人(※家族除く)との協働作業ですが、
根底には「自分が行動したところで、何になるんだ!?」「自分がいることで、何の役に立てるのか」という
ネガティブな感情がずっと渦巻いています。

学校時代の同窓会が立て続けに行われた昨年は、「欠席」の意思を表示し続けました。
同級生との楽しい思い出がほとんどないので、”過去の人達”になりつつある同級生と近況を報告し合ったり
思い出を懐かしむ気持ちが全くありません。
主催者側にしてみれば、会を催し参加者をひとりでも多く集めることで、過去の思い出を共有できる、人脈
作りにつなげられる、「会を催した」という事実が評価されるなど、美味しい事づくしなのでしょうが。
同窓会や飲み会に限ったことではありませんが、健聴者だけが集まる場で、参加者をとにかくもてなそうと
するサービス精神たっぷりの主催者には一度たりとも会ったことがありません。
これ書くと、「自分勝手なことを言うんじゃない」「じゃあ、あなたが催す側になればいいじゃないの」と言われ
そうですが、参加者、主催者のどちらの立場になるにしても、複数人の会話に加われないようでは、「あなたは
役に立たなくてもいい」「あなたはいなくてもいい」と言われているようなものですからね。

そして、他人との協働作業・・・。
具体的なことは書けなくて申し訳ないですが、現在の職場では、協働作業がとにかく多い(これ言うと、「どこ
でも同じようなもんだ」と言われそうですね)。
業務分担上の境界線が曖昧なせいか、自分ができることであっても、他人が先回りしてやってしまうことが
あります。
“気が利く””率先して行動できる”という行動は人事面ではプラスの評価につながりやすいので、これを意識
してか、先回りしてやってしまう人がいるのです。無意識のうちに気を利かせている、親切心のつもりでやって
いる人もいるのかもしれませんが、先回りされた側としては不快です。
最近は気が短くなってきたからか、不快な行動をされたら、顔は笑っていても「あなたたちができるんだったら、
私はいなくてもいいのね!」などと内心では不機嫌になります。
業務分担上の境界線をどこで引けるかどうかは、まとめる立場にいる人の資質に左右される要素が大きい。
彼らに人の能力を見極める力が足りないのか、適当に業務を割り振っている印象があります。
偉そうなことを言っていると思われるかもしれませんが・・・、
彼らは個々の業務に求められるスキルや知識を因数分解のごとくあぶり出す能力が低い印象。
知識の幅が狭く偏っていることからくるのか、平然と「○○さんに、こんなことができるの?」と言う人も。。。
このような人たちが上の立場にいることで、業務の割振り方次第では部下や同僚の「誰かの役に立ちたい」
という気持ちをつぶすのだ、ということを強く感じます。

私自身、昨年は「退職」の二文字が何度も頭を過ぎりました。
私を必要としてくれている人の存在を時々感じることで、何とか仕事は継続できていますが。

職場や何かの集まりに限らず、「誰かの役に立てる」という強い確信は、生きていく上で必要なことだと思うの
です。
例えば、幅広い知識があって話の引き出しが多く、ひとりひとりに合わせた話ができる。人を癒したり和ます
ことができる。料理が得意で、どのようなものでも美味しく作って食べさせることができる。・・・何でもいいの
です。とにかく、「あなたがいてくれて良かった」と思われれば「誰かの役に立てる」という強い確信が持てる
のです。
もしその確信がなければ、抜け殻の状態になってしまうでしょう。
一人一人、与えられる役割は違いますが、その役割を意識して行動できるかどうかが、「誰かの役に立てる」
という強い確信につながるだけでなく、円滑な人間関係の構築にも結びついていくのだと思います。
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