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正しい日本語を獲得するまでにたどったプロセス(その1) [思い出]

約2ヶ月ぶりの記事です。
視力回復を意識して目をいたわるのが日課になってくると、PCに向かって記事を書く気に
なかなかなれないもので、気づけば前回の記事から2ヶ月が経っていました。

さて、今日は、正しい日本語を獲得するまでの間にたどったプロセスを思い出しながら書いて
みます。
(聴覚障害者にとってはありきたりな内容かもしれませんが。。。)

まずは、下の画像を見てみてください。

※画像のサイズが重たいのか1/2しか表示されていないように見えますが、画像のどこかを
 クリックしていただければ、原寸サイズの画像が別ウィンドウで表示されるはずです。

下の画像は、私が小学1年生の時に書いた絵日記です。

「きのう、わたしは母とくもんの、べんきょうをならいにいった。
おうちでしゅくだいをやってきました。
 先生にみてた。
 時間がはかってたから早くやった。
 すこしかまちがらなかった。」

文法や用法の誤りがあることで意味不明な内容になっています。(特に、後半)
事情を知らない方なら真っ先に「ひどい日記だ」と思うかもしれませんね。

日記本文を添削すると、

「昨日、私は母と公文の勉強を習いに行った。
おうちで(公文の)宿題をやってきました。
先生が(そばで)見ていた。
(先生が)時間を計っていたから早くやった。
少ししか間違わなかった。」

という文になります。

ちなみに、絵のほうは、当時通っていた公文式教室での一シーンです。
解き終わった学習教材プリント形式)を採点担当の先生に直接提出するシーンを描いています。

日記本文では助詞の使い方や言葉が不自然になっていますが、
小学1年生当時は、幼児期からの言語発達の遅れを引きずっている状況で、文法や用法の誤り
を親や先生から指摘されても「なぜ間違っているのか」がよく理解できませんでした。
分かって使える語彙の数が極端に少なかったので、何かを思考しようにも思考できず、頭が
常にぼんやりとしていました。
ただ、絵を描くことは好きだったので、言葉で表現できない部分は絵で補っていました。

小学校を卒業する頃には文法や用法の誤りはほとんどなくなりましたが、小学校時代(特に、
高学年)に本を大量に読んだこと、作文・創作・新聞づくりを通して伝える訓練を大量にして
いたことによるもの・・・と自分では分析しています。
(作文・創作・新聞づくりは国語や社会の授業でやっていました。)

日頃は何気なく日本語を操っていますが、過去の絵日記を眺めるたびに、日本語獲得における
教育環境の重要性を感じます。

今日は眠いのでこれだけしか書けませんが、また思うことがあったら続きを書きます。

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