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発声・発音訓練のことだけは書きづらい【大幅に加筆修正しました(8/28 23:27)】 [コミュニケーション]

申し訳ありませんが、昨日投稿した記事について大幅に加筆修正をしました。
(該当箇所は太字で示しています)

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聴覚障害に関する話のなかでも、発声・発音訓練のことだけは書きづらい。

先日、発声・発音訓練が明瞭な発声・発音を必ずしも可能にするわけでない理由・背景を、庁内広報誌に載せる目的で文章化したが、文章としてまとめるのに数ヶ月間も要してしまった。
発音が不明瞭なことで過去に受けた不利益な経験が映像としてよみがえってきて、時には、加害者をぶん殴ってやりたい(不適切な表現かもしれませんが、心情を理解していただく上であえてこのような表現にしています)という心情に駆られることもあったからだ。
また、明瞭な発声・発音のできる難聴者のなかには、自分の発声・発音に自信を持っている人がいるが、そのような難聴者と関係者(家族・知人友人など)には明瞭な発声・発音ができないことを「努力不足」と片づけてしまう傾向があるように感じる。そうした人からは、私が発声・発音訓練に関する文章を書くことで、軽蔑の対象になるのではないかということも文章化する過程で考えてしまった。

明瞭な発声・発音ができない理由などをきちんと説明した文章が、現時点ではどこを探してもないために、「努力不足」と見なす人がいても不思議でないように思うが、私としては不愉快でたまらない。
文章の詳細は、庁内広報誌で公開した後にお話する考えでいるので、現段階では、「明瞭な発声・発音ができないことを、本人の努力不足にするな」ということだけを強調しておきたい。

かなり前の記事でも書いたが、私自身、発声・発音が不明瞭なことを自覚している。
自覚するようになったのは小学校低学年の頃だが、何かを話すたびに「こういう単語を自分の口で上手く表したいが、どのような感じで話すのか感覚がつかめないために上手く表せない」ということを漠然と思っていた。
自分の発声・発音の不明瞭さをなおしたいと思っていても、周囲には発声・発音訓練を指導してくれる先生がいなかった。(親には少しチェックしてもらっていたが・・・)
ちなみに、ろう学校幼稚部時代はどうだったのかと言えば、私の学年では発声・発音訓練を適切に指導してくれる先生がいなかった。
難聴児だけでつくる劇団に小学3年で所属した時、劇練習の一環として、少し発声・発音訓練をやったが、幼児期に適切な訓練を全くやってこなかったこともあり、自分のあまりのできなさに衝撃を受けることが多かった。
これをきっかけに、自宅で教科書を音読する時、「こういう文はこういうふうに声を出して読むのかなあ」ということを考えながら、意識して読むようになったが、幼児期に訓練をしなかった影響が大きいのか、音読は発声・発音技能を伸ばすことにおいては効果がなかったように思う。
当時は大きくなればなおるという程度にしか考えていなかった。
発音が不明瞭でも何とかなると楽観視していた。

が、その楽観的な考え方は小学5年の時の出来事をきっかけに打ち砕かれることになる。
小学5年の時、4学年下に二人の難聴児が入学してきたが、そのうちのひとりの難聴児(女子)が発音が大変明瞭な上に、彼女のお姉さんが同じクラスにいたことから、同級生からは発音の明瞭度を比較され、軽蔑されることも多かった。
同じ難聴でも発音の明瞭度でこんなに態度が変わるのかと思わされる出来事にも、何度か出くわした。
彼女のお姉さんは接するたびに、私のことをいつも冷やかな表情で見ていたように思う。
美人顔だったが、日々の何気ない態度からは氷のような冷たさを感じていた。
こんなことを言われたこともあった。

「うちの妹は補聴器をつけているけど、(あなたと違って)普通に喋れるよ」

他人からすれば何気ない言葉だとは思うが、いつも冷たい態度で接されていた自分としては大変傷つく言葉であった。
身内に難聴児(難聴者)がいるからといって、他の難聴児(難聴者)に理解があるとは限らないのだということをこの時ほど強く感じたことはない。
彼女の発音が明瞭な理由について、彼女の家族が学校側にどのように説明していたのかは分からない。
が、彼女のお母さんも世間体を大変気にする人で、通りすがりに会って話をするたびに「発声・発音が不明瞭なこと=悪いこと」「障害者は劣っているもの」という雰囲気を感じた。
いつの間にか避けたい気持ちが強くなっていた。
時々親切にしてもらうこともあったが、当時疑い深かった私は、遠くから彼女のお母さんの姿が見えるたびに電柱に隠れたり走って逃げたりということもあった。とにかく話すのが嫌だった。

この経験をきっかけに、発声・発音が明瞭な難聴児は(自分が発する)発声・発音の明瞭さについてどのように考えているのか、明瞭度が劣る難聴児の存在をどのように捉えているのかの二つを考えるようになった。
なぜこのように考えるようになったのかは分からないが、発声・発音が明瞭な難聴児が身近にいることで、自分の存在意義が奪われてしまうことを本能的に察知したからなのかもしれない・・・と自分では分析している。



余談になるが、難聴児の場合、小学校入学後も幼児期時代に引き続いてどこかの施設に通うことで発声・発音訓練を受けるのが一般的なあり方とされている。
このため、私のは特殊なケースだったのではないかと考える。インターネットで多くの難聴者の体験談を読むが、私のような特殊なケースは全くみかけない。
もしかしたらいるのかもしれないが、文章化されていないだけなのかもしれない。

とにかく、発声・発音に関しては、良い思い出がないのが事実。
事情を知らない人からは「努力不足」「能力不足」と見なされてしまう。これは現在でも変わらない。
近くに発声・発音の明瞭な難聴者がいれば、自分はその人と比較され(周囲の人の言動で感じることが多い)、「努力が足りないんだね」「能力が低いんだね」ということをあたかも言われているような感覚に陥ることがある。上から目線の人に対しては、何かを言われるたびに言い返したくなるが、言うだけムダと諦めている部分がある。

押しつけがましいと思うかもしれないが・・・、すべての難聴者には発声・発音の明瞭さに関係なく、自分の発声・発音が明瞭(不明瞭)な理由をきちんと説明する必要があると思う。
特に、明瞭な人からよく聞くのが「たくさん練習したから、発声・発音が明瞭になった」というものだが、これだけでは説明内容としては不充分。
「たくさん努力すれば、普通に喋れるようになる」という誤解を招きかねない。
私自身、その誤解が何度面倒に感じたことか。


このため、発声・発音訓練に関することだけは、私からもきちんと理由・背景を説明する必要性を日々感じているが、「これは違うでしょ!」などと否定される可能性も考えると説明しづらいよ・・・というのが正直な気持ち。
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やすさん

はじめまして、ふよこ さん
私は幼少の頃、原因不明の難聴になり、現在は聴覚障害者3級のやすさん(27歳)です。

ふよこ さんのブログを読んでまさにその通りだと強く共感しました。

今でもはっきり覚えていますが小、中学校の難聴教室で口話、読話、日本語の発声、発音を身につけるために放課後はひたすら訓練の日々でした。

ご存知だと思いますが、長時間の口話、読話は精神的にも辛く毎日が地獄でした。

もう学校に行きたくないと駄々をこねていた時期がありましたが母親から「辛いでしょうが、あなたが生きていく上で必ず必要な事だから辛くても頑張りなさい」と励ましてもらいながら口話、読話、日本語の発声、発音を身につけましたが、日本語の発声、発音は不明瞭のままでした。

医者から聞いた話ですが「高音が全く聴こえていない為、自分では正しく発声、発音しているつもりでも、日本語は不明瞭のままですよ。自分または誰かさんに修正することは不可能にちかいですよ。」と言われた事は大変ショックでした。

社会人になった時も仕事上で支障をきたす事が沢山あります。
質問、指示をする時、「何を言っているのかわからない」とか「えっ、なんて言った」とかしょっちゅう言われるのが辛かったのと自分が言いたいことが相手になかなか伝わらない、伝わっても誰もそんな事を言ってないのに「あなたが言ったでしょ」とかトラブルが頻発するから本当に疲れる。

対策としてはメールで指示、質問をしていたら「喋ることが出来るのに何故、メールで質問、指示をするのか!」と先輩女性に怒られたことがあり説明すると「努力して修正すればいいじゃないか」と言われた時は本当に理不尽でした。本当にこの世は聴覚障害者としては生きにくい上、毎日が苦悩の日々で疲れます。
by やすさん (2012-01-21 06:48) 

ふよこ

やすさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

長時間の口話・読話訓練は精神的につらいですよね。
私は長時間にわたって訓練をした経験はありませんが、口話・読話訓練が人によっては聴力の限界を超えたものであることから、つらさは容易に想像できます。

>対策としてはメールで指示、質問をしていたら「喋ることが出来るのに何故、メールで質問、指示をするのか!」と先輩女性に怒られたことがあり説明すると「努力して修正すればいいじゃないか」と言われた時は本当に理不尽でした。

説明の仕方や内容にもよるかもしれませんが・・・、この先輩女性の言動はあまりにひどいですね。思慮が欠けているとしか言いようがないです。

もしもですが、この先輩女性に次も「喋ることができるのになぜメールで質問、指示をするのか!」というようなことを言われたら、下の文例を参考に言い返してみましょう。

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【文例】(参考までに・・・)

(1)私の発音が○○さん(先輩女性)には通じることで、○○さんは「(私のことを)喋ることができる」と思っているのかもしれませんが・・・、それは、○○さんが私の発音を聞き慣れているからだと思います。
○○さん以外の方には、私の発音が通じないことで、自分の言いたいことがなかなか正確に伝わらないのです。
このため、声に出して話す代わりにメールで指示や質問をすることで、相手にも内容が正確に伝わります。そればかりではありません。正確に伝わることで、相手からの素早い返答や反応も期待できます。言った言わないのトラブルも起きにくくなります。
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・・・やすさんの現在の状況を想像しながら、上のように、【文例】を作ってみました。もし参考にならなかったら、ごめんなさい。


>本当にこの世は聴覚障害者としては生きにくい上、毎日が苦悩の日々で疲れます。

この一文は重く受け止めます。疲れるとのこと、どうか無理はしないでくださいね。鬱になってしまうと大変なので、本当に気をつけてください。。。

(やすさんの身近な所で、仕事関係の悩みを相談できるところはありますか?もしこうしたところがあれば、本当に救われると思うのですが。。。)
by ふよこ (2012-01-22 17:12) 

やすさん

ふよこさん、
返信遅くなりごめんなさい。

わざわざ、文例を作っていただきありがとうございます。文例を参考にし
上司と先輩女性に送りました結果、上司との話し合いになりメールにての指示や仕事の関連する問い合わせ等が認められることになりました。
ふよこさん、本当にありがとうございます。

入社して7年間、仕事の相談など親にはとても言えない、健聴者の友人も相談しても理解をしてもらえないので、今までどんな理不尽な事を言われてもひたすら我慢を重ねてきましたがとうとう心が折れ、全ての原因である中途半端な聴力をいっそう失ってほしいとどんなに願ったことでしょう。
そんな時、ふよこさんのブログに出会ったときは同じような悩みを抱えている難聴者がいるのだと知った時、本当に嬉しかった。自分も頑張らなくてはと勇気を頂きました。ありがとうございました。
by やすさん (2012-01-30 07:17) 

ふよこ

やすさん、こんばんは。
わざわざご報告をありがとうございました。

メールでの指示や問い合わせが認められることになったとのこと、私の書いた【文例】が役に立ったみたいで本当によかったです。
実は、上に書いた【文例】でうまく伝わらない可能性を考えて他の文例も考えていたのですが、この【文例】でもきちんと伝わるんだと、私自身、やすさんのご報告で強く感じさせられました。もし他の方から同様の相談があった時、やすさんが実践してくれたことを(他の方への)アドバイスの参考材料とさせていただきたいなということも思っています。

7年間もお仕事を頑張ってきたのですね。これからは無理のない方法でお仕事をしていかないと、若くても、心身がボロボロになってしまうことがありますよ。気をつけてくださいね。

ところで、我慢には限界があります。私自身、様々なことについて我慢に我慢を重ねてきたことで、感情のマヒ、物事に対する興味・関心の減退・・・などの症状を経験しました。("感情のマヒ"だけは継続中かも。。。) 
当然、免疫力も低下します。男性はどうなのか分かりませんが、女性の場合、免疫力低下が持続することは若くても婦人疾患などにかかるリスクを高めているようなものです。
ですから、我慢だけはしないでくださいね。つらくなったら、泣いたり、壁に向かって「○○のバカヤロー」と思い切り叫ぶのも一つの手ですよ。(既にそうしていたら、余計なアドバイスでごめんなさい)

長々と書きましたが、お仕事がんばってくださいね。応援しています。

>そんな時、ふよこさんのブログに出会ったときは同じような悩みを抱えている難聴者がいるのだと知った時、本当に嬉しかった。自分も頑張らなくてはと勇気を頂きました。

そう言っていただけて嬉しいです。
このブログは基本思いつきで書いているため、まだまだ整理できてないところがありますが・・・、それでも、何かの形で役に立っているようで、私としては嬉しいです。
これからもがんばって続けていきますので、よろしくお願いしますね。
by ふよこ (2012-01-31 23:36) 

ちゃみ

初めまして、ちゃみと申します。
聴覚障害について調べていたら、ふよこさんのブログにたどり着きました。

私も先天性の聴覚障害で手帳は6級です。
発音は明瞭で、初対面ではまず難聴者とは気付かれません。
健聴者と同じように話せるせいか、聞こえにくいことを
なかなか分かってもらえず、人と衝突することも多いです。

発音についてですが、
発音が不明瞭だから努力が足りない、能力が足りないとは思いません。
発音が明瞭な人は、すごく努力してきたのだな~とも思いません。

人は皆、得手不得手がありますよね。
スポーツは得意だけど勉強は苦手、どちらも苦手だけど歌うのが好き!など。
手話、口話、発音なども同じで、みんな得意なことや苦手なことがあるので、
発音が不明瞭な人は努力が足りないとは思いません。
生まれ持ったものもありますし、親御さんの協力や周りの環境などもありますよね。

聴覚障害 という点で発音にはどうしても意識がいってしまいます。
きちんと聞こえていないのに、きちんと話さないと行けない。
「聞く」と「話す」のアンバランスさ。。

未だにアイデンティティを築けず、悩む日々です。

難聴者さんのブログをいろいろ見て回っています。
今後もブログを見に行きますね(^_-)-☆
※ちなみに私はブログはしていません。
by ちゃみ (2014-01-26 00:37) 

ふよこ

ちゃみさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。

長いことブログから遠ざかっていたため、コメントがついていることに気づくのが大変遅くなり、申し訳ありませんm(_ _)m

>きちんと聞こえていないのに、きちんと話さないと行けない。
>「聞く」と「話す」のアンバランスさ。。

どこに行っても、コミュニケーションは何気ない会話であっても話せること
を前提にしているからでしょうね・・・

「話す」「話せる」のが当たり前と思い込んでいる人からは、「話せない」のは人間じゃない(極端な言い方かもしれませんが)・・・、そんな強い想いを感じ取ることがあります。

ちゃみさんに対するレスでなくて申し訳ないのですが、
「きちんと聞こえる」けど「きちんと話せない」人もこの世の中には一定数います。
彼らはなかなか存在を気づいてもらいにくいので、ちゃみさん同様、「聞く」と「話す」のアンバランスさで悩んでいる人もいるのかもしれませんね。
by ふよこ (2014-05-10 11:15) 

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