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聴覚障害者が長年働いていく上で必要な力を考えてみた(続き) [スキル]

6年前に投稿した「聴覚障害者が長年働いていく上で必要な力を考えてみた」は投稿して以来、毎日のようにアクセス数がある。この記事だけを読むために訪問している人もいるようだ。
一時、ツィッター等で拡散したことがあるようで、反響の大きさに驚かされるとともに、それだけ多くの聴覚障害者が働き方で悩んでいるのではないかということを痛感させられた。

さて、今回は、6年前に投稿した記事の続き。
この記事を最初に執筆したのが10年前、社会人5年目の時なので、10年前とは考え方が大きく変わっている。
今後10-20年仕事を継続すればまた考え方は変わると思うが、現時点で考えていることを追加する形で執筆したい。

10年前の執筆当時は、長年働いていく上で必要な力は「地頭の良さ」だと考えていた。

「地頭の良さ」は業務遂行力と密接な関係がある、というのが理由である。

しかし、この10年間、仕事を継続するなかで、「地頭の良さ」が全てではないと思うようになった。業務遂行に必要なスキルは、「地頭の良さ」と関係する事務処理能力だけとは限らない。協調性、コミュニケーション能力、調整能力、精神的にタフであることも含まれる。

ここでは、コミュニケーション能力、調整能力、精神的にタフであることの3点についてのみ、私見を述べる。
(協調性は誰もがイメージしやすい能力だと思いますので、ここでは触れません。)

コミュニケーション能力

コミュニケーション能力がどのようなことを定義するかは、人によって意見が分かれるところ。

職場では、官民問わず、「折衝能力」「交渉能力」「説得能力」を指すのが一般的のようだ。
私は、以前、伝えたとおりに他人を動かすことができる点で評価されたことがある。
伝えるための媒体が紙、口頭であるかどうかに関係なく、伝えたことがそのまま意図通りに他人に伝わることが「コミュニケーション能力が高い」と見る人もいるのだ、と勉強になった。
しかし、評価者が変われば、「発音が不明瞭 イコール コミュニケーション能力が低い」評価になることもある、ということも知った。
発音の不明瞭さはどうあがいても治らないもの。人前に出る仕事であれば、不明瞭さは「問題」「欠点」と捉えられるのかもしれない。かつて人事のアシスタントをしていた時は、新しく入ってくる人に対して「私は聴覚障害があります。コミュニケーションの面でご理解を・・・(以下、略)」とコミュニケーション面で理解をお願いしたい旨の文言の入った紙を配布していた。
コミュニケーション面で理解や協力をお願いすることはダメなのだろうか、と考えることもあった。理解や協力がお願いできなければ、一体どのような仕事をしていけばいいのかよく分からない。今も悩むところである。

調整能力

多くの聴覚障害者が最もイメージしづらい能力が「調整能力」だろうか。
過去に話を聞いた感じでは、「調整能力」が不要な業務をしている聴覚障害者が多い印象を受けたからだ。
私自身、民間企業では「調整能力」を必要とされる業務をした経験はなかったように思う。
(もしかしたらあるのかもしれないが、10年近くも前のことなので、記憶があやふやになっています。)
公務員に転職してからは、中小企業との接点を多く持つようになり、会社ごとにルールが異なる状況で、会社側の考え方と自治体側の考え方でどう摺り合わせをしていくか悩んだ経験が数多くある。
2年近く離れていることもあり、どのような業務をしていたのかなかなか思い出せないので、抽象的な書き方で申し訳ないが、外部と内部のルールや考え方が異なる状況で妥協点を見出しながら調整していく、というのが「調整能力」かと思う。柔軟性も要求される。

なお、「調整能力」を身につけるための業務に従事するには、公務員の場合、法律(民法や地方自治法が重要)や条例を理解できていることが前提になると思う。当然すぎるが、読解力が必要。民間企業は分からないが、公務員同様、それなりのスキルがあることが重要になるのではないか。

精神的にタフであること

精神的タフさは学生時代体育会系だった人が備えている要素と思われている。
新卒時の就職活動では、体育会系の人材は売り手市場だ。
しかし、体育会系の人材でも精神を病むことはある。民間企業時代、体育会系で有名だった同僚は精神を病み、私が退職する1ヶ月前に退職した。彼は非常に生真面目な性格で誰に対しても分け隔てなく接する人だった。優秀な人で様々な案件を抱えていたので、限度を超えた労働が精神を病む一因になったのではないかと考える。
彼が退職する日、彼に対して向けられた部長からの突き刺すような冷たい視線。それだけは今でもしっかり憶えている。
人は意外と脆く、何かをきっかけに精神を病んでしまうのはよくある話。逃げ場や安息できる場所を確保できていることが、精神的タフさにつながると思う。
彼以外にも、体育会系社員が退職したという話は何度か聞いているので、スポーツで長年鍛えられたから精神的にタフというわけではないと思う。
私もかつて精神を病んだ経験があるので、あまり他人のことは言えないが・・・、精神を病みやすい人の傾向として、独居している人が多いように感じた。官民関係ない。一人暮らししていて、愚痴をきいてくれる相手がいない、逃げ場がないと感じる人は早急に何らかの対策を講じた方が良いかもしれない。

以上が、コミニュケーション能力、調整能力、精神的タフさについての私見である。

長年働いていれば、昇格に対する感情は自然に芽生えるもの。
どこまで昇格したいかは個々人によって異なるが、今までに話を聞いた印象では、最低限係長クラスまでは昇格したいと考えている聴覚障害者が多いように思う。
係長クラスといえば、一般的には下級管理職を指すが、自治体では管理職一歩手前の「実務のリーダー」を意味する。私が現在、勤務する自治体では、現状は事務処理能力が低くても係長クラスまでは昇格できる。下駄を履かせてもらったのではと思うような職員もいた。

事務処理能力、協調性、コミュニケーション能力、調整能力、精神的にタフであること。

この5つが一定程度のレベルに達し、そのレベルを維持し続けることができれば、長年働き続けられるのではないか。昇格も夢ではない。

私はそう考えている。
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「市長への手紙」を出してみた [育児]

私が住んでいる市は子育て世帯に対する支援が手厚いようで、複数の子育て情報誌(ガイドブック等)を毎年発行している。
そのなかには、現役ママさん達でつくる団体(母親クラブ?)と市が一緒になって編集した冊子もあり、母親目線で記述されているので、非常に参考になる。

しかし、ひとつだけ残念なことが。

連絡先にファックス番号が全く明記されていないこと!

連絡先一覧を眺めるたびに、電話のできない私は地域社会の隅に追いやられているようで悲しくなった。

そんなもんかと思い諦めていたが、保育園見学のための問い合わせで各園のファックス番号を調べていくうちに現状に対する疑問がふつふつ沸いてきた。

ファックス番号を調べるのは手間がかかるし、疲れるもの。
市のホームページには各園の連絡先一覧が掲載されていないので、各園ごとにホームページを開いては連絡先を探しての繰り返し。
自宅から通える範囲に、同じ会社が運営している園が複数位置している場合(稀なケースかもしれないが。)は、会社に問い合わせた方が早いと考え、会社にメールしたこともあった。

私がもし健聴だったら、こんなバカげたことをしなくて済んだだろう。

そんなわけで、8月末、自分が住んでいる市に「市長への手紙」を出してみた。

なお、文面は下記のとおり。(表現は一部変えています)
- - -
現在、1歳の子どもを育児中で、何か困ったことが出る度に●●市が発行している子育て情報誌を開いては確認しています。

確認する内容は連絡先が多いですが、その連絡先には電話番号しか明記されていない状況です。
聴覚障害があるために電話できない私は、インターネットでファックス番号を調べ直す必要があります。
    ・・・(中略)・・・

子育て情報誌を活用しているのは、耳が聴こえるお母さんだけではありません。
耳の聴こえないお母さんも活用している事実を頭の片隅に置いたうえで、ページの至る所にファックス番号を明記していただけることを望みます。

よろしくお願いいたします。
- - -

「市長への手紙」を出して1ヶ月半。
期待半分、諦め半分で回答を待っていたところ、今日とうとう市長の名前で回答が届いた!

平成30年度版から、可能な限りファックス番号を記載して作成いたします。

とのこと。

「可能な限り」という表現が気になるが、前向きに検討していただけるのは本当に良かった。

余談になるが、市が毎月発行している広報誌では、今月号からファックス番号が連絡先として追加されるようになった。
別に「ファックス番号を新たに連絡先として追加しました」というお知らせがあったわけではないが、市の広報誌を毎月隅から隅まで熟読しているので、広報誌に目を通すなりすぐに、追加されていることに気づいた。
「市長への手紙」は内容によっては広い範囲で読まれることがあるそうなので、私が出した手紙が誰か職員に何らかの気づきを与え、このような結果になったのであれば、嬉しい。
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要約筆記者がひとりでも多く増えてほしい [情報保障]

来年度の職場復帰を目指し、今は保育園探しの準備に余念がない。

私が住む地域は保活激戦区で、各園には2歳児の新規枠が1、2名分あるかないかなので厳しい。
息子の場合、1歳児の枠で入園させるのがよかったかもしれないが、昨年の今頃は新生児疾患で手術する可能性の話が出ていたこともあり、保育園探しは全く考えられなかった。
今年4月に手術を無事に終えることができ、体調も問題なくなってきたので、徐々にではあるが保育園探しを始めている。
近所にある認可外保育園には、5月中に来年度入園の申し込みを済ませた。
来月からは、認可保育園の入園説明会が本格的に始まるが、既に4つの園を予約してある。

入園説明会に参加するにあたり、私にはどうしても筆記通訳が必要。
早い段階から要約筆記者派遣を申し込んでいるが、「要約筆記者が○○さんに決まりました」という結果通知書がなかなか届かない。
過去にも何度か申し込んでいるが、どの回も要約筆記者はすんなりと決まった。
筆記通訳のサポートを受けることが当たり前とは思わないが、要約筆記者の存在は大変心強い。
昨年秋、近隣中学校で開かれた赤ちゃんと中学生の交流イベントに、生後半年の息子を連れて参加した時は要約筆記者にとてもお世話になった。
イベント会場である体育館内は、ざわざわしており、他人の音声がほとんど拾えない。イベントの一部始終を紙に書いてもらうことで、進行状況がよく分かり、当初は硬かった気持ちが次第にほぐれていった。
サポートを受けることにより、そのような経験を何度も重ねているので、やはり要約筆記者はいてくれた方が良い。

要約筆記者がなかなか決まらないのはそもそも活動してくれている人の数が少ないからだ、と考える。
コーディネーターは要約筆記者探しをギリギリまで頑張ってくれているようだが。
私が今までに会った要約筆記者は全員50代位の女性。
全員が仕事の合間に活動をしているとのこと。
筆記通訳が必要になった曜日はバラバラだが、続けて同じ人が来てくれたことが何度かある。
時間や曜日に融通のきく仕事をしている人、つまり、パートタイマーや自営業者でないと、活動できないのだろう。そんなことを思った。

気になるのは、要約筆記者として活動する人に、20、30代の若い人を見ないこと。
話は逸れるが、私自身、20代前半に点訳の勉強をし、短期間ではあるが点訳補助をしていた経験がある。
その時も周囲で点訳者として活動していた若い人は皆無だった。地域の点訳サークルに所属していたが、周囲にいたのは中高年の女性ばかり。
要約筆記に限らず、福祉関係のボランティアに共通して言えることだが、余暇の時間がない、あったとしても自分の趣味にあてたい、敷居が高い、が理由ではないかと思う。(「面倒くさい」という理由もあるのかもしれない)
学生時代、他大学手話サークルで交流のあった健聴者には、学業の合間に要約筆記者として活動している人もいた。
私の交流範囲において、彼らは少数派だったので、彼らのような人は地域レベルで見た場合、かなり少ないことが容易に想像できる。

要約筆記者がひとりでも多く増えるために、市町村では要約筆記者養成講習会が定期的に開かれている。
しかし、参加した人全員が講習会修了後に要約筆記者として登録し活動するわけではない。(
どのような人が参加しているのか、属性をまとめた統計データを見たことがないので、いい加減なことは言えないが、平日の日中に開かれることが多い現状を考えると、参加する人は少数に限られると思う。
年齢でいえば、若くて40代。
40代となれば、個人差はあるが、老眼などの身体的な問題が表面化してくる頃。
老眼は要約筆記者として活動するには不利な要素という話を聞いたことがあるので、視力の問題で活動を諦める人もいるのだと思う。

その現状を、市町村がどのように認識しているのかは分からないが、安定的な確保を真剣に考えるのであれば、まずは各大学と連携することが必要。
連携することにより、大学内で要約筆記ボランティアとして活動している学生、活動経験のある学生への呼びかけられる。そうすれば、卒業後も同じ地域に住み続ける予定のある学生に登録してもらうことが可能になる。
老眼の心配がない上に、学生時代に培ったスキルが衰えていない20、30代の若い人であれば、休日に活動してもらうことが可能になる。それが実現すれば、中高年女性の負担も非常に軽くなる。
私の勤務する自治体では、既に、特定の事業で各大学と連携することで地域貢献する試みを行っているので、似たような試みは要約筆記者確保においてもできるのではないかと考えるのだ。

来年度職場に戻ることができて、その上で全庁レベルで提案する機会が設けられるのであれば、提案したい。
公私混同だと思われて提案が通らないかもしれないが、要約筆記者はひとりでも多く増えてほしいのが今の気持ち。

※要約筆記者として活動するためには、講習会修了後に「全国統一要約筆記者認定試験」に合格することが必要。(2017.8.27 10:49記)
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過去に受けた発音訓練について話すこと [雑感]

今は育児に慌ただしく追われる日々で、聴覚障害者絡みのあらゆるテーマについてあまり考えられない状況。
それでも、何年も前から不快に感じていたことは頭にずっと垢のようにこびりついているもので、文章化せずにいられない。

と、いうわけで、今日のお題は「過去に受けた発音訓練について話すこと」。

聴覚障害者が自分の体験談を話す場といえば、聴覚障害者団体や聾学校、地域支援センターで行われている講演会や勉強会に限られることが多い。
著名な人であれば、マスメディアに登場して話す機会も多々あるように思う。

私は講演会や勉強会にあまり足を運ばないが、何かのきっかけにもらう講演録には必ず目を通している。この10数年間は、ネット環境が充実してきたおかげでWebページでも読めるようになったので、事あるごとに検索しては読むことがある。

学生時代に受けた教育、就職活動などはまだ共感できる要素が多いが、発音訓練に関する体験談には、何年も引きずってしまう位強い不快さを感じる。(それなら読むなと言われそうだが。)

そのなかで衝撃的だったのは、10数年も前に読んだ、とある人の講演録。
「自分はこのプロセスを経て発音が明瞭になりました」というもの。
過去と現在の明瞭度を比較する目的で、不明瞭だった頃に話した内容を数年ごとに録音しておいたテープを会場で聴かせたことには悪い意味でショックを受けた。
ある程度大きな規模の会場で行われた講演会なので、講演録を読みながら、会場にいた聴衆が何を感じたのか、思ったのかがとても気になった。
聴覚障害者の発声・発音が完璧(もしくは完璧に近い状態)になるためには、幸運な要素が複合的に積み重なっていることが必要。
講演者の影響力にもよるが、聴衆が「重い難聴がある○○さんにできたのに、同レベルの難聴がある××さんにはなぜできないの?努力が足りないのか?」というように間違った理解をすることに強い危惧を感じる。

 ※聴覚障害者の発声・発音訓練に関しては、下記記事をご参照ください。

  過去のブログ記事
  「発声・発音訓練が明瞭な発声・発音を必ずしも可能にするわけではない理由」(http://kobuta-090315.blog.so-net.ne.jp/2012-09-15

なお、その講演は、聴覚障害者に対して理解を深めてもらうのが目的で開催されたもののようだ。
それならば、どのようなプロセスを経て発声・発音が明瞭になったかを延々と話すのではなく、発声・発音が明瞭になった理由を分析して話すべきだったのではないか。
私がもし聴覚障害児を持つ親であれば、子どもの教育に生かす目的でも、なぜ明瞭になったのか、理由を強く知りたいと思うからだ。体験談を延々と話されるだけでは、何のために講演を聞いているのか分からなくなる。時間の無駄。

発声・発音が明瞭になる理由を話すことは、聴覚障害者に対する理解促進になるだけでなく、訓練の真っ最中である幼児や小学生、その親にとっては参考になる点が多いというメリットがある。
私が過去に「発声・発音訓練が明瞭な発声・発音を必ずしも可能にするわけではない理由」を書いたのも、そうしたメリットがあると考えてのことだ。

その意味でも、先述した講演録には、強い不快感や憤りを感じた。

重度難聴でありながら明瞭な聴覚障害者は自分がなぜ明瞭になったのかをほとんど考えてない印象がある。
これだけ聴覚障害者がいるのに、理由を自分なりに分析できている人の体験談や講演録が全く公開されていない現状には違和感を感じざるをえない。

自分なりに分析できる人が増えれば、聴覚障害者に対する理解も今とはまた違ったものになるかもしれないと考えるからだ。
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昇進昇格のポイントや基準は不透明なのか [仕事]

民間企業において、「総合職なのに昇進昇格のポイントや基準が不透明だ」と考えている聴覚障害者は多い。
コミュニケーションが取れないから、人間関係が築けないからで片付けられているように思う。

果たしてそうだろうか。
前回の記事で、「仕事ぶりからして出世するだろうと思った人達は全員が上位職位に昇進昇格している」と書いた。
実は、彼らに共通しているのは、取るに足らない疑問や質問も真摯に受け止めて回答してくれる、的確なコメントをくれる、という点だ。
誠実さがあるかどうかが大きく関わっているように思う。
この点でいえば、聴覚障害者には仕事絡みで誠実さがある人は意外と少ないのではないか・・・と考えてしまうのだ。

それはなぜか。
私事で恐縮だが、学生時代から今に至るまで、聴覚障害者で誠実だと感じた人は数えるほどしかいない。
それ位、自分本位、人を茶化したり、表面的な部分で判断して自分の価値にならない人を無下に扱う人が多かった。
情報や経験の引き出しが少ないからか、自分が答えられない質問は無視するという幼稚な人も少なからずいた。
学歴は関係ない。高偏差値の大学に通う聴覚障害者はずる賢いからか?知恵があるからか?相手を試すかのような行動を取っている人もいた。
私自身、そのような聴覚障害者には嫌な思いをたくさんさせられた。
特に、人脈があることで評判の聴覚障害者に対する印象は私のなかではすこぶる悪い。

こう書くと、プライベートと仕事は分けて考えるべき、という意見が出てくるかもしれない。
それはごもっともだ。
しかし、プライベートで誠実でない人が仕事に対して誠実であることはあり得るのだろうか。

人間は器用に振舞えるものではない。
話が脱線してしまうが、私はあの山本耕史氏にファンレターを出したことがある。
1995年頃の話で、彼が高橋由美子氏と主役を務めていた映画「時の輝き」をたまたま見て、なぜだか分からないが、彼の演技につい惹きこまれてしまった。
当時、彼は10代後半と若いながらもミュージカル俳優としては実力のある役者さんだったように思うが、ドラマ「ひとつ屋根の下」で名が世間に浸透したばかり。
今は香取慎吾氏(元SMAP)、堀北真希氏絡みで頻繁にメディアに登場するので彼に関する情報は多いが、当時は驚くほど情報が乏しかった。
彼の出演する映画や舞台の情報が欲しかったので、ファンレターを躊躇することなく出した。
ぎこちないファンレターだったのに、1ケ月後には自筆によるハガキが届いた。
ハガキ文面が文字でぎっちり埋められ、珍しく筆マメな上に、芸能人ならではの驕りが全くなく一人ひとりのファンを大切にする人だと感じた。
と同時に、「彼は今後知名度が高くなる俳優さんだ」と思った。
予想通り、ファンレターを出してから10年もしないうちに、彼は全国的に有名になり、2005年には紅白歌合戦の白組司会を務めるほどまでになった。
一昨年の堀北真希氏との結婚話で「手紙を何通も出した」ことや、非社交性で評判の香取慎吾氏と仲良くなったことが話題になった時は、ファンを大切にする人は仕事仲間やプライベートの友人知人も大切にするものだということを強く実感した。
(どちらも大切にしなかったことによるイメージ悪化、(俳優業の)売上減少を無意識のうちに理解しているから・・・という見方もあるかもしれないが。。。)

上で書いたことは極端な例かもしれない。
しかし、山本氏のような有名人が誰にでも分け隔てなく接しているように見えることから、有名人に比べて交際範囲や行動範囲の狭い一般人が「○○さんには悪い態度で接して、○○さんには良い態度で接する」という器用なことができるのかと考えてしまう。
器用なことをするには多大なエネルギーを消費するはずだ。
したがって、プライベートで誠実でない人が仕事に対して誠実であるはずはないと考える。

誠実さは簡単に身につけられるものではない。
(「優しい」と「誠実」は全く別物。そこを誤解しないように。)

多くの聴覚障害者に誠実さを感じないのは、聴覚障害者の心理的な発達に問題があるからではないか・・・。
そんなことを最近は思うようになっている。

こう書くと、心理的な発達に問題があることと昇進昇格のポイントや基準は分けて考えるべき、とお叱りを受けるかもしれない。
しかし、原因は意外なところに潜んでいるかもしれないもの。今後は、原因のひとつに心理的な発達も付け加えて考えていきたい。
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採用枠にこだわるのは不毛だ [雇用]

働いている聴覚障害者の間では、時おり、障害者枠、一般枠のどちらで採用されたかということが話題に上がる。
「障害者枠で採用されたのか」という質問を受けた途端に、顔色を変えて「私は一般枠で採用された」と怒り出す人も少なからずいる。
一般枠で採用された聴覚障害者は優秀で、障害者枠で採用された聴覚障害者は優秀でないという図式が多くの人の頭のなかにできあがっているように思う。
聴覚障害者はプライベートでつながっている他の同障者がどれ位の能力を持っているかについてやたらと詳しい人が多いので、同障者で構築する地域コミュニティの場においても、「一般枠で採用された」ことはそれ自体一流大学に合格したことと同じ位強力なブランドになる。テーマ自由で講演会を開こうとなった時、講演者の人選においても、候補に上がりやすい。

私は、民間企業、自治体の両方において、障害者枠で採用されたが、自治体に採用された時は多くの聴覚障害者から「障害者枠で採用されたのか」とよく尋ねられた。
私の能力が軽んじられていたからなのか?民間企業からの転職が珍しかったからなのか?今となっては分からないが、うんざりするほど尋ねられたのは事実だ。
採用試験に障害者枠を設けているところであれば、民間企業、自治体のどちらにおいても、身体障害者採用試験は一般向けの採用試験に比べて競争倍率が少し低く採用基準が緩やかな傾向にある。
そのことから、一般枠で採用された聴覚障害者が「自分はいかに優秀であるか」を誇示したがる心理、障害者枠で採用された人を軽蔑する心理は想像できなくはない。

採用された後の業務内容は、私が見聞きした範囲でいえば、民間企業と自治体では異なるように思う。
障害者枠であっても、民間企業総合職で採用された場合、昇進昇格につながる仕事を任されることはあるかもしれないが、一般事務職の場合は、そのようなことは皆無ではないか。
私自身、民間企業で過ごした6年間は昇格できなかった。
健聴者は一般事務職であっても最高ランク(係長)まで昇格している人はいたので、その人達を見る限り、地味と思われる仕事をこなしつつ、何事も臨機応変に対応でき秘書的な役割を果たせる人が一般事務職としては昇格しやすいのではないかと考えている。
逆に、自治体は、障害者枠、一般枠のどちらで採用されてもあまり差はないように思う。
電話対応ができるかが大きなポイントになる。
障害があっても、聴こえて視力もあって手先が器用に使える人であれば、幅広い仕事の経験を積める。
分かりやすい例が、下肢障害者だ。
私の知っている下肢障害者は学校事務のスペシャリストと評価されている。
これは、長年様々な事務を経験した上に、様々な教員や管理職との人脈を築き、多くの学校に関する情報に精通しているからだ。
学校事務の大規模な改革では、事務効率化の功労者としても評価された。
その人も、障害者枠で採用された職員。
私は今、育児休業中で自治体内部の情報にアクセスできない状態なので、その人が出世しているのかどうかは分からないが、出世するに相応しい職員であると考えている。
(生意気かもしれないが、民間企業、自治体のどちらにおいても、仕事ぶりからして出世するだろうと思った人達は全員が上位職位に昇進昇格しているので、その人もいつかは昇進昇格すると信じている。)

聴覚障害者はキャリアプランが描きにくい。
高学歴イコール仕事面で優秀、に直結するわけではないが、長年、「一流大卒という肩書を手に入れ、一般枠で採用されれば、ある程度昇格しやすい。高い給料がもらえる。」という価値観が多くの人に身に染み付いているように思う。
だからこそ、一般枠が上で障害者枠が下という価値観で、仕事に関するあらゆることが語られる傾向にあるが、先述した例のように、どちらの枠で採用されようが、自分に合った仕事を長年継続できて、さらに昇進昇格できれば御の字だと考える。

故に、一般枠、障害者枠のどちらで採用されたかに関心を持つのは意味がないことだけは強調しておきたい。
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本、読みますか? [仕事]

みなさんは本を読みますか?

インターネットが普及してからの10数年、「読書」という言葉を聞かなくなった気がします。
この10数年は、私が社会人になってからの年月とも重なりますが、社会人になってから出会った人達との会話を思い返してみても、本の話ができた人は少なかったように思います。
100人いれば、4、5人話ができればいいほうかな。
交流範囲が狭いから・・・というのもあるかもしれませんが、聴覚障害者に限っていえば、本の話ができた人はほぼ皆無といっていい位です。

聴覚障害者も健聴者同様、本を読まない人が多いのだと思いますが、私自身の経験でいえば、聴覚障害者に限っていえば、本を一冊でも多く読んだほうが良いです。

学生であれば、本を手あたり次第に読み、ほんの少しでも知識を蓄積させておくことが学校の授業を理解する上で少しは助けになります。
社会科学系や人文科学系の科目であれば、確かに、『授業をしっかり聞いて理解する』『情報保障を受ける』の二つをしっかり行うことが点数につながりやすいです。(自然科学系は、私の苦手な分野なので触れません。ごめんなさい。)
しかし、情報保障を受けられないとなると、遠回りの方法を取るしかなく、授業に関連した本を探し、手あたり次第に読むしかありません。
この方法は労力を使うので非効率ですが、ジャンルを問わず手あたり次第に読むことで様々な知識が得られ、関連性のない知識でもふとした瞬間につながりが見えてくるようになります。
これを何度も重ねていくうちに、なかなか理解できなかったことが瞬間的に理解できるようになります。

上で書いたことは社会人にもある程度言えることですが、社会人の場合、限られた時間のなかでどのような本を読むかが課題ですね。
仕事に少しでも役立てたいのであれば、経済小説がお薦め。
この10数年はハウツー本が売れているので、本になじみがない人であれば、「まずはハウツー本を・・・」と考える人が多いように思います。10年以上前の私もそうでした。
社会人1、2年目の頃は仕事の要領がよく分からなかったので、ハウツー本を数多く読みましたが、当時お世話になった同僚に色々お話を聞かせてもらううちに、ハウツー本では不充分すぎることが自ずから分かってきたのです。
そこで読むようになったのが日経ビジネス人文庫シリーズの文庫本。
書店内をうろうろしていた時にたまたま専用のコーナーが目につき、ほんの軽い気持ちで読み始めたのです。
はじめて読んだ『経営パワーの危機』(三枝匡著)は人材マネジメントの重要性を強く感じさせられた点では印象に残っています。
経営系の書籍に飽きてしまった今は、金融・経済系の小説、歴史小説、歴史評論、国語評論、哲学、健康エッセイ・・・と様々なジャンルの本をたしなんでいます。
経済小説には実務に関係ある用語やシーンが多く登場するので、「この用語はこういうシーンで使われるのか」「XXXのシーンでこういうやり取りをするのか」などと知識を得つつも登場人物に感情移入しながら読み進めるのが楽しいのです。
と同時に、優れた経済小説を世に出してくださっている作家の想像力や問題意識には敬服します。
聴覚障害者の場合、仕事に関係する情報が手に入りにくいので、経済小説を読みながら「自分だったらこうする」「職場ではこういう会話が交わされているのかな」など・・・と職場に関する様々なことをイメージしていくのも良いではないでしょうか。
読書が高収入につながるわけではありませんが、少しでも実りある職業人生にしていく上では有効な手段だと思います。

文章の読み書きが苦手な人もいますので、読書の強制はできませんが、『時間があるなら、本を少しでも多く読みましょう』です。
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息子の聴力検査 [育児]

息子も早いもので3ヶ月。
この3ヶ月間、本当にいろいろな出来事がありました。

今一番気になるのは、息子が健聴者並みに聴こえているかどうかについて。
難聴が息子に遺伝するのではないかという不安は妊娠判明した当初からありました。

出生した病院で受けた新生児聴覚検査では両耳ともに異常なしという診断。
しかし、チアノーゼの原因を調べるために転院した病院で同様の検査を受けた結果、片耳がひっかかってしまったのです。
片耳のみ、日にちをおいて再度検査しましたが、反応が芳しくなく、また再検査が必要という話。乳児を対象にした聴力検査の経験が豊富な補聴器店に相談して参考程度に調べてもらったところ、軽度難聴の可能性があるのでは・・・という話。

そこで、今日、乳児でも検査可能な病院に行き、聴力検査をしてもらいました。

息子が受けた検査は「聴性行動反応検査」というもので、色々な種類の音を様々な音圧で聞かせます。その音圧は何を使って出すのかといえば、スピーカーだったり、音の出るおもちゃや楽器だったり。
そして、どれくらいの音圧で、何らかの反応(振り向く、音源を探す、目を動かす、びっくりしたような表情をするなど)があるかを確認するのです。
今日の検査では、スピーカー、大太鼓やタンバリン、リングベルが使われました。

息子の場合、日常生活ではささやき声が聴こえにくいのかなと感じることはあっても、おおよその物音に対しては良好な反応が見られるので、ある程度は聴こえているのではないか(最悪、軽度~中等度難聴では)と思いながら、検査状況を見守っていました。

結果は「この時期(生後3~5ヶ月)の赤ちゃんとしては、普通の聴こえ。問題ありません。」とのこと。
リングベルの音に対する反応が薄いのが気になりましたが、この時期の赤ちゃんは聴覚機能がまだ発達していない(1歳位にならないと完成しないそう)ので、現時点では問題ないという話。
今後は、生後6ヶ月、9ヶ月、1歳と3ヶ月間隔で聴力検査をしながら経過をみていきましょうということで、現時点では少し大きめの声でたくさん語りかけをしてねと担当の言語聴覚士さんからアドバイスをもらいました。

補聴器店から「軽度~中等度難聴であっても、生後6ヶ月までに補聴器をつけないと言語発達が遅れてしまう」という話を嫌というほど聞かされていた私としては、補聴器を早々とつけることをアドバイスされるのかなと思っていたので、拍子抜けした気分。
現時点で、聴こえる聴こえないが確定したわけではないですが、ある程度は聴こえていることが専門家の目で確認されただけでも安心しました。
今も息子にはがんばって語りかけをしていますが、これからもがんばって語りかけをたくさんしていこう!と益々やる気がわいてきました。
(たとえば、おむつ交換の時に、新しいオムツを息子に見せながら「これが新しいおむつ。」「いい匂いだね。」「今のおむつはおしっこびっしょびっしょだから、変えよう。」「気持ちいいね。」などなどと語りかけるのです。語りかける時間が長くなればなるほど、息子も笑顔になってきて「あー。」「うー。」「くあー。」など大きな喃語を出してくれます。)

余談になりますが、息子の聴力検査を担当してくださった言語聴覚士さんとは、25年ぶりに再会。
私と同じく難聴の弟が乳児期にこの言語聴覚士さんから療育指導を受けていた関係で、当時小学生だった私もこの言語聴覚士さんのもとで聴力検査を何度か受けるなどお世話になっていました。
適切な指導をしてくださる上に大変親しみやすい方だったので、弟の療育途中で、他の地域の療育センターに異動になったと聞いた時は残念な気持ちになったことを今でも憶えていますし、今後会う機会はないと思っていたので、まさか息子の聴力検査で再会するとは・・・。
この再会で、赤ちゃんの聴力検査や療育指導に精通した方であることもはじめて知ったのでした。
今日の院内(耳鼻咽喉科)は難聴の乳幼児で大変混み合っていましたが、国内では最先端の検査・治療をしているという評判もあり、適切な検査・治療を受けるために、医師だけでなくこの言語聴覚士さんを頼って遠方からきている方が多いようにみえました。
それほど、国内では優秀な人材が不足しているということなのでしょうか。
どの職業でもいえることかもしれませんが、他人が真似できないくらい専門性を高めるのは大変ハードルが高いことではないか・・・と、息子の検査を通して感じたのでした。
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母になりました [育児]

3月某日、男の赤ちゃんを無事に出産しました。
予定日より2週間早かったのですが、体重が4キロ近かったからか、約18時間の陣痛に
苦しみながらの出産となりました。
陣痛促進剤を途中で打たれたため、子宮破裂(稀に起こるそうです)等の副作用が心配
でしたが、何事もなく出産できて安堵しています。

その赤ちゃんも間もなく1ヶ月を迎えようとしています。
息子は見た目はまるまるとしていて元気で、心配していた聴覚障害も現時点ではない
という診断が出ています。
しかし、勢いよく泣くとチアノーゼ反応が強く出るのが問題で、主治医からは日常
生活の注意点として泣かせすぎないようにと言われています。
赤ちゃんは泣くのが仕事といいますが、このように言われるのはきつい。
周囲の方々のアドバイスもあり、息子がなぜ泣くのか少しずつ分かるようになってきま
したが、泣いている原因が取り除けず、何分もギャンギャン泣かれると「永遠に泣き続
けるのではないか」「泣き続けたことで、チアノーゼが悪化したら」と不安になります。
補聴器を装用していても、息子の泣き声はベビーセンサではじめて気がつく位聞きづら
いので、息子の近くにいても、気が休まりません。
息子の顔の表情を数分おきに確認するのが日常茶飯事となりました。
(この記事も、息子を膝の上にのせてあやしながら書いています・・・^^;)

こんなわけですが、今後は仕事ネタだけでなく育児ネタもアップしていこうと思って
いますので、引き続きよろしくお願いします。
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今週から産前休暇! [仕事]

今週から待ちに待った産前休暇に入りました。
出産予定日まで2ヶ月弱。
一昨日、昨日の2日間は病院の検査でかなり慌ただしい日々だったので、今日になって
やっと「産前休暇に入れた」という実感が沸いてきました。
あっという間なのかもしれませんが、こんなに長いお休みをいただくのは13年間の社会人
生活では初めてのことです。
実際に産休に入ってみると、ノーストレスな環境なので、先週まで忙しく仕事をしていた
のが嘘みたいです。
つわりが軽く仕事もさほど支障がなかったので、なんとか産休直前まで働くことが
できましたが、長距離通勤や年齢(最近、高齢出産の域に入りました)というリスク
があることを踏まえると、お腹のなかの赤ちゃんにかなり負担をかけていたと感じます。
幸いなことに、赤ちゃんは平均より大きく育ってくれており、推定体重も2キロを超え
ました。
同僚には迷惑な話かもしれませんが、大事を取って1月から休んでも良かったのでは
ないか・・・という思いもあります。

早速、出産前にやらなければならないこと、やりたいことを書き出してみました。
今まで週末にしかまとまった時間が取れなかったからか、前者だけでも思いの外多く、
のんびりしている時間はなさそうです。
例えば、赤ちゃんを迎えるための準備だけでいうと、収納スペースの整理、細かいところ
の掃除、保育所の下見など色々あります。
仕事から離れることによる能力低下も気になる点なので、職務に関係した勉強もやらなけ
ればならないことの一つに入っています。
時間に限りがあることを日々意識して過ごさないと、一日一日があっという間に過ぎ去って
しまうのが怖い。

無事に出産できた場合は約2ヶ月間の産後休暇を経て、育児休業を取らせていただく予定です。
昨今はかわいい盛りの0~1才で保育所に預けて仕事に復帰するのが当然のような風潮が
ありますが、私は育児休業はできれば2年欲しいと考えています。
2年も休めば浦島太郎になっているかもしれませんが、せっかくの機会なので、育児に専念
しながら職務復帰に備えたいな・・・と。
元々子どもを授かるのは奇跡的なことという考え方で、今回の妊娠に対しても「奇跡」と
受け止めているので、少なくとも2才近くまでは自分の手元で育てたい気持ちが強いのです。
私が勤務する地方自治体の場合、最長3年取れるうえに、育児休業中に代替職員(非正規)が
雇われることから、2年近く取るケースは珍しくありませんが、保育所に入れるかどうかの問題
を考えると2年取るのは現実的ではないのかなと感じます。

以上、産前休暇に入ってみて感じたことを書き連ねてみました。

この1、2年は仕事に関係した記事を書けていないので、産前休暇中にひとつ記事をアップでき
ればと思っています。
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